アンティーク

「いらっしゃいませ……玲奈さん」

コンクールぶりの玲奈さんの姿。

「こんにちは」

「どうぞ、見ていってください」

俺はそれを言うと、わざと時計を確認したりして玲奈さんから目を外す。

「……はい」

自分が傷付きたくなくて、素っ気ない対応をする。

玲奈さんは、いつもの通りに店内を見て歩くと俺のほうに近づいて来た。

「この前のコンクール、予選突破したんです」

「そうですか、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「よかったですね。練習、引き続き頑張ってください」

これが、俺の今の精一杯だ。

「はい」

玲奈さんはすぐに俺の前からいなくなった。

俺は、その彼女を目で追った。

…………見間違えだろうか。

彼女の頬を流れる涙を、彼女の細くて長い指が救っているのが見えたのは。

そのまま、彼女は店を出て行ってしまった。

先程の光景に、本当かは分からないその光景に心が揺さぶれる。

それと同時にコンクールの演奏直後の2人の顔が浮かんできて、心の中は様々な感情で支配される。

彼女が俺以外の誰かを選んでも仕方ない?

そんなの、奇麗ごとだ。

本当は、そんなこと微塵も思っていなくて、俺が隣で彼女を笑顔にしたい。

誰でもなく俺自身が。
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