アンティーク

「神崎さん、僕たちはまだ知らないことが多いと思うんです。というより、ほとんど知らない。より良い演奏に仕上げるためには、お互いをもっと知っていく必要があると思います。お互いが心を通わせたら、よりいい音楽が作り上げられると思うんですよね」

もっともらしいことを言う。

まあ、間違ってはいないのだが。

「確かに、それはそうですね」

これに否定できるはずがないことを分かっていて、敢えてそれを言う。

実際に、教授の中にも伴奏者と結婚した人は多い。

「だから、もしよければお昼とか一緒に食べたりしませんか? 僕は、演奏者としての神崎さんもそうですけど、プライベートのあなたのことももっと知りたい」

彼女は、少し考えると「そうですね」と答えを出した。

「それと、お互いの呼び方も変えましょう。苗字にさんじゃ距離が離れているというか。思い切って名前を呼び捨てなんでどうですか?」

「翼…………ですか?」

「はい。僕は、玲奈、と呼びますね」

「あ、はい」

お互いに名前を呼び合うなんて、きっと工藤レオが見かけたら親しい関係と勘違いするだろう。

うまくいけば、彼の方から勝手に引くはずだ。

「では、コンクールまでは授業終わりから夜の19時までを2人での練習時間にしましょう。それ以降はお互いに授業の課題などもあると思うので。それに、夜の方が混みますからね。その前に練習した方がいいでしょう」

アンティーク店が閉まるのは夜の19時。

だから、その時間を僕の予定で埋め尽くせば彼女があの店に行くことは、少なくとも平日はない。
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