アンティーク

「19時、ですか?」

予想通りに、彼女は明らかに眉毛を下げて困ったような表情を作った。

「何かありましたか?」

「……いえ、大丈夫です」

「では、そうしましょう」

これは、嫌がらせじゃない。

あくまでも彼女の音を守るために必要不可欠なことで、きっと彼女だってそのことに気が付く時が来るはずだ。

それにしても、彼女の鞄から見えるあの鏡は僕をイライラさせる。

鏡から見え隠れする工藤レオの顔が、嫌に頭の中から離れない。

僕は、それが見えないように身体の向きを変えた。

「その、クリスマスの日は……?」

「クリスマス?」

ああ、そうか。

最近街にクリスマスツリーが飾られ始めて来たと思ったら、もうするそのイベントがやって来るのか。

「コンクールは年明けすぐですからね……」

「そう、ですよね。大事な時期ですよね」

「いえ、すみません」

彼女はきっと工藤レオと過ごしたいはずだ。

そう考えると、心に雲がかかっていくのが分かる。

「じゃあ、せめて一緒にクリスマスケーキ、練習の途中で食べませんか?」

彼女は、初めて笑顔を僕に向けた。

ハッとした。

本当は、今工藤レオをクリスマスに誘うことすらできなくなったことで彼女は最大級に辛いはずなのに。

なのに、どうして彼女は笑顔を作ることができるんだ。
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