ウェディングベル
「美里?どうしたの、大丈夫?」
物音を聞きつけたのか、姉が台所へとやって来て、無残な形に潰れたマグカップを見て駆け寄ってきた。
「やだ、大丈夫!?怪我はしてない?」
ガラスの破片を一つ一つ手に取りながら、姉はそういって私の安否を気遣った。
興味も無いくせに、と私は心の中でそんな黒い言葉を吐き、姉の手を踏みつけてガラスにその美しくしなやかな白い手を食い込ませている所を想像した。
鋭く尖ったガラスの破片が、徐々にその姉の薄い肉を切り裂き、貫いて、ゴリッという歪な音と共に、普段は姿を隠したままの白い骨がガラスに出会い、擦れ、削れる音を想像して、小さく笑った。
この女の泣き叫ぶ声と悲痛に歪む顔を想像して、笑った。
そして、直ぐに、思いとどまる。
そんなことをしたら古屋千秋が、滅多に怒らない彼が、激昂することだろう。
「ごめん、手が滑ったの」
それだけ言うと、私は自分の部屋へと戻った。
片付け終わったのか姉は、暫くしてまた小屋へと向かっていった。
きっと塗料を塗る手伝いをしているのだろう。
私はそれを自室の窓から恐ろしいほどの無感動無表情で眺めると、その中で繰り広げられる会話を想像して、姉が古屋千秋の逆鱗に触れ、電動のこぎりでズタズタに裂かれることを想像し、また願った。
そうなったら、私は古屋千秋に手を貸すだろう。
何度も「ありがとう」をくり返すだろう。
そして「愛している」と囁けるだろう。何度も。
一緒に姉をバラバラにして土に埋めて、そして船を完成させたら海外へ逃げるのだ。一生日本に帰って来れなくなっていい。
古屋千秋と、一生を船の上で過ごし、また異国の地の上で過ごし、波に呑まれて転覆し、死んだとしても同じ海で死ねるなら、それも構わないとさえ思っていた。