ウェディングベル
「美里ー!ちょっと手伝って頂戴!」
そんな声が背後から私の腕を掴んだけど、私は思いっきり振り払って、その場を離れた。
何度か私を呼ぶ声。
その中に古屋千秋の声が混じっていれば私は、今漸く届いた、という風を装って振り向いたのに、私を呼ぶ声は姉と、手伝いに来た町のオジサンの声しかなく、古屋千秋の声はどこにもなかった。
その日、私は一人で家に帰って、泣いた。
そして、船は完成した。
その時の古屋千秋の顔は物凄く清々しい表情をして、その船を見つめていた。
子どものような純粋な瞳で、大人のように恍惚、そんな表情で。
クルーザーよりは少し大きめの、漁船にしては少し小さい、といった船は、モーターを完備している。
丁度二人で乗れる位の、小ぶりの船だった。
「有難う、玲、美里」
「おめでとう、千秋さん」
「おめでと、ちー兄。頑張った甲斐があったね」
「うん」
古屋千秋は嬉しそうに何時間でも船を眺めていた。
その日の夜は古屋千秋の家で皆々が持ち寄ったおかずで、ささやかながら豪勢なお祝いがされた。
勿論、私と姉も呼ばれ、男の豪快な笑い声が響く、久しぶりに明かりの灯った古屋家にお邪魔する事になった。
お酒のよく回った、街の漁師が、古屋千秋に声をかける。
「これでお前の夢は半分完成だな!あとはあの船をぶっ飛ばしていくんだろ?どこへ行くつもりなんだ?」
「とりあえずテスト運行してから、中国や韓国を渡り歩いてみたいなぁ…とりあえず今のところは。いつかはマレー半島とか、ハワイとか、いろんな国に渡りついて行きたいなぁって思ってます」
「あれなら世界一周も出来るだろう!考えて造られてるし、そう壊れることないぞ!俺達も手伝ったわけだしな!」