ウェディングベル
何故自分はこんなにも小さいのだろうか。
手を伸ばせば教会を握りつぶせるのに、実際は空を握り締めるだけ。
染み付きすぎた、かつて愛した男の匂いはこの街の至るところに溢れ、逃げてきた私を、苦痛へと追いやる為にピッタリと寄り添って着いてきた。
そんなことしなくても十分と苦痛だ。
丘に一本だけ生えている大振りの木。
その木の幹。海が一番見やすい方の、木の根元、固く出っ張った根っこの少し上。
私と、男の名前。
指でなぞるその掘り込まれた文字は月日が経ち、褪せて、柔らかい窪みへと変化していた。
掘った当時はささくれ立った木の幹が、逆に痛かったのに。
今はもう、その時の痛みさえ思い出せない。
あんな小さな痛みは、今受けている痛みに飲み込まれてしまった。
ポツポツと黒い雨が降る。
ドレスを気にしながら、私は街とは反対側に隠れると、木の幹に凭れて、小さく唇を噛んだ。