ウェディングベル


「ちー兄、…約束覚えてる?」



「約束?」



私は吐きそうで、目の前がクラクラとして気持ち悪くなった。


果てしない緊張。


心臓はもうドクドクとなっているのかさえわからないほど、耳がどんどん遠くへと掻き消えていったような、そんな、錯覚に見舞われた。


一つ息を吸って、吐き出す。


その行為がとても怖い。



「船が出来たら私も連れてってくれる、約束」



「あぁ、それな」



バツの悪そうな顔を、古屋千秋は隠せずに、私はその表情で全てを悟ることが出来た。


何も言わない私をいぶかしんだのか、それとも、言葉が漸く見つかったのか、古屋千秋は暫くの間を置いて、言った。



「来週から、船に乗って旅をして来ようとは思ってる。…でも、お前は学校があるから、さ」



「…うん」



「学校が終わったら連れてってやるよ、日本の離島くらいならいけるだろ」



「外国じゃないの?」



「外国は…ほら、お前まだ未成年だし、親御さん心配するだろ」



しないよしない、しなくていい。


韓国でもマレーシアでもインドでもイタリアでも、連れて行って。


そんな声が聞こえたのか、聞こえていなかったのかはわからないが、古屋千秋は、残酷な言葉を吐いた。



「玲は気にしなくていいからよかったんだけど」



< 34 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop