ウェディングベル
私が子どもから段々と大人に成長しても古屋千秋は昔も今も設計図しか見ていない。
背が伸びても、胸が大きくなっても、さり気無い目配せが出来るようになっても。
この男の目は、女を見ても世界が薔薇色に見えることは無く、設計図を見れば、世界を何十万画素のデジカメのように鮮やかに見えることが出来るのだろう。
ペンの持ちすぎで凹んでタコの出来た細く、それでも私の手より大きいその手は、女を抱きしめるよりも設計図の上に溜まる消しカスを几帳面に取り払うことの方が幸せなのかも知れない。
「ちー兄、今度の日曜日さ、出かけない?」
「どこへ?」
「…海」
「あぁ、……そうだな、行こうか」
古屋千秋は海に行くのも好き。
だから、私はこの男を誘う時はいつも海にしている。
海の帰りに、商店街なんかに立ち寄って、ショッピングを楽しんだりするのだ。
そうやって、古屋千秋の好きなものを前に見せびらかす事によって、上手くおびき出せてはいるが、結局、それさえなければ断られてしまう自分を認識するのが怖くて、私は海以外の場所を提案できずにいた。
それでもよかった。
いつもは設計図しか見ていない古屋千秋が、私のほうを見てくれる事に、私は純粋に喜びを感じていたからだ。
他の女さえろくに見ないこの男が、唯一私と言う女だけ認識してくれている事に、全ての女の頂点に立てたような気がしていた。