続・政略結婚は純愛のように
 暖かいホテルのロビーで、隆之は由梨を待っていた。
 北部支社の者が東京出張のときは、必ずと言っていいほどこのホテルを使う。
 企画二課が抱えている物産展を予定している百貨店も近いこのホテルに由梨がいるはずだ。
 けれどその由梨とは連絡は取れていない。
 携帯をコールしてみたが、彼女は出なかった。
 時刻は23時前。
 百貨店側から接待を受けて、まだ外にいるのかもしれないし、明日に備えて寝てしまったのかもしれない。
 たとえ朝になってしまったとしても、それでもどうしても会いたい、その一心で隆之は由梨を待ち続けた。
 そのとき、エントランスにとまったタクシーから若い男女が降りてくるのが目に入る。
 紺色のスーツにサラサラとした髪、柔らかそうな頬は疲れているはずなのに、初めての出張を任されたという充実感からか笑みをたたえている。
 由梨だ。
 隆之は立ち上がった。
 フロントで、手続きをして部屋へ向かう二人に近寄る隆之に先に気がついたのは黒瀬だった。

「社長。」

一瞬、驚いた表情を見せた黒瀬が、お疲れ様ですと頭を下げる。
 それに短く答えてから、隆之は大股で由梨に近づいた。

「由梨。」

由梨は驚いたように立ち尽くしている。
 ピンクの唇が"隆之さん"と言おうとして黒瀬がいることに気がつき、社長と呼びかける。
 けれど、隆之自身が由梨を名前で呼んだことに戸惑いを隠せない様子だった。
 お疲れ様ですと言おうとする由梨を隆之はいきなり抱きしめた。
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