続・政略結婚は純愛のように
 スーツの社員が溢れるほどいるこの光景から一瞬にして由梨を見つけることができる自分はもはや病気かもしれない。
 隆之は車を回り込みマリアの側の扉を開けた。
 思ったとおり、マリアはこの場の人間の視線を一手に集めているという満足感を感じたようだ。
 上々の出だしだと、内心で安堵した。
 マリアを先導しエントランスへむかおうとしたときふいに腕を引かれた。

「やっぱりこちらはもう寒いのね。ブーツにして正解だったわ。」

「そうだな。」

 ファッション業界の人間は季節を先取りした格好を好む。
 意図せずに履いたブーツがこちらにぴったりだったんだなと言葉を返したとき、チラリと由梨が視界に入った。
 由梨の隣にいる背の高い男が、由梨を庇うように手を広げて後ろを振り返っている。
 背後の女性社員になにやら不穏な視線を送る男に対して、由梨の方は不自然なほどふり向かずにじっと足元を見つめている。
 あの男は確か黒瀬、今の由梨の上司だと隆之はあたりをつける。
 時間にしてわずか数秒のその出来事に引っかかりを感じたまま、隆之はエントランスを後にした。
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