さよなら、片想い
「びっくりしました?」

 余所の会社の納涼会に正面から乗り込む度胸はなく、お開きを聞きつけて同じタイミングでエレベーターのまえに移動した。周りに他の社員も、例の女の人もいた。

 岸さんは軽く頷いた。私と目を合わせてくれる、ただそれだけで涙腺が緩む。
 私は、会いたかったのひとことも言えなくなるくらい思い詰めていた。


「聞きましたよ~! 岸さんたら!!」

 穂佳ちゃんが肘で岸さんをつつく。

「元気そうだね」

「元気ですよ。若いから」

 その様子に、周囲の社員さんたちがなんだなんだと視線を向けはじめる。絶妙なタイミングで岸さんが二次会には行かないと言ってくれた。
 社員さんたちは興味深そうにこちらを見つつも二台のエレベーターに分乗して降りていった。岸さんの隣を譲らなかった女の人も、岸さんにまた来週と言葉をかけてから一緒に乗りこんでいる。
 人の気配が一気に減った。


「さて、と。邪魔者は退散しますか」

「穂佳ちゃん?」

「私たちもここで解散ね」

 にっこり笑った穂佳ちゃんは岸さんに向きなおる。

「一応、下の様子も見ておきます。社員さんたち、まだうろうろしていたら面倒でしょ」

 岸さんはうんともすんとも答えなかったけれど、勝手に請け負った穂佳ちゃんは浮かれ調子で手をひらひら振り、エレベーターに吸い込まれていった。
 ぽんと頭に手を置かれた。岸さんがしみじみと言った。

「こんなふうに会えるとは思わなかった」
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