さよなら、片想い
「なにか気にしてるみたいだけど」

 顎に手が触れ、顔を上向きにされる。穏やかな岸さんの目が私の視線を待っていた。

「不安があるなら、言って」


 言葉に詰まる。欲しいことを瞬時に言ってくれる岸さんと違い、私は迷ってばかりだ。どこまで打ち解けていいのかと躊躇う。
 こんなのだったら、つきあいはじめのほうがなんでも言えていた。
 想いが通じたらゴールーーそんなことはなかった。


「昨夜の女の人のこと? 俺の横にいた」

 なぜか岸さんのほうからその話を切りだした。
 そうだ。展開がいろいろで忘れかけていた。
 職場の人らしいその人の存在も、心配事のひとつだった。
 岸さんは手を離し、淀みなく話を続けた。

「同じ課の先輩で、指導係。といっても俺は他社でやってきたから、仕事のノウハウをすり合わせる程度で済んでる。年は俺よりふたつ上。専門学校卒。なんでそんなに細かいこと知ってるのかというと、昔つきあっていたから」


 今の交際相手だと言って岸さんが見せた穂佳ちゃんと私の写った画像に、その人は衝撃を受けたらしい。
 アプリで目元が不自然なくらいぱっちりに加工してある、若気の至りとも言うべき悪ノリの写真。遊び慣れている女子大生にみえたそうで、遊びでつきあうのはやめなよと岸さんはその元カノに窘められたとのこと。

「ええと、私こそ今、衝撃を受けているんですけど」

 転職したら元カノが指導係でした、というのは世間が狭すぎる。


「九人でしたっけ? 岸さんがつきあってきた人数。そんなひょいひょい出くわすもの? 彼女とばったり会うって、よくある話なんですかね」

 私はいつどこで出くわすかわからない存在に怯えていかなければいけないのかと、思い、不安がはっきりと形づけられるのを自覚した。
 ああ、心配はこれだ。たくさんの、岸さんの元カノへの心構えがわからない。
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