さよなら、片想い
「どうしてついていったの」

「あの人が、失礼なことを言ったお詫びをしたいっていうから」

 撮影前の顔合わせでの一幕と、それに腹を立てた同僚たちがメイクしてくれた件も話した。

「あほか。あいつ下心見え見えだっただろ」

「あの人にだって美意識くらいあるでしょ。なにを理由に私なんかを」

「俺を怒らせないでくれる?」

 岸さんは片手で、私の両方の頬を鷲掴みした。
 仰ぎ見るように向かされ、正面から睨みあう形になった。

「名取さんはかわいい。こんなに厚塗りしなくても魅力あるよ」

 真顔で言われた。


 頬から手が離されても指の食い込んだ感じが残っていた。
 水を持たないほうの手でそっとさすった。
 乱暴な扱いだったけど、さっきのあの人とは雲泥の差に思えた。

「ほっぺた、痛かったか」

「自分でやっといてなに心配してるんですか」

「君があまりに無防備だから。腹が立った」

「そんな仏頂面ばっかしてるとみんな逃げていきますよ。はい、スマイルスマーイルー」


 ペットボトルを下に置いて、私は両手で岸さんの両頬をつまむと笑みの形になるように持ちあげた。
 岸さんの口は歪んだだけで私のほうが笑顔になっていた。

 頬をつままれた張本人から呆れた眼差しが注がれているのに気づくと、私はようやく我に返った。
 やりすぎた……。
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