さよなら、片想い
 おかしい。岸さんから言われたときはあんなに笑えたのにな。

 誤解を解くために、先日のテレビ局の人との一件を持ち出すことにした。
 ナンパされかけて助けてもらった、という誤魔化しかたをしたので、あとで岸さんと口裏を合わせておかないといけない。

 スマホでメッセージを送ると、夜に返信があった。
 了解とだけ打ってあって、岸さんらしいなと思った。
 ニヤニヤしながら画面をいつまでも眺めた。


 
 岸さんとは作業フロアが違うので、そうしょっちゅう顔を合わせているわけではなかった。
 意匠部だって大勢いる。
 今だって係長が自分の担当した反物の出来具合を見にきていた。

 デスクで電話が鳴った。
 ヒサコさんが不在だったので、一番近くにいた私が受話器を取った。

「はい、友禅部です」

『意匠部、岸です』

 電話をかけてきたのは岸さんだった。
 岸さん、今話している相手が私だって気づいたかなーーそんなことを考える。

 保留ボタンを押して、岸さんの指名した先輩に向かって声をかけた。
 描きの作業中で手が放せないと言われ、通話に戻してそう伝えると、
『わかった。じゃあ今やってるところが終わったら、図面持って折り返しの電話をするよう言っといてくれる? 名取さん』

 岸さん、気づいてた。私のこと。
 それだけで駆け出したいくらいうれしくなった。
 駆け出すわけにもいかないから、精一杯の虚勢を張って、わかりましたと涼しい顔で答えておいた。

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