さよなら、片想い
 ロッカーは今までの場所を使うように言われていた。
 出社と退社のときに友禅部に立ち寄り、先輩がどんな反物を手掛けているのか横目で見ていく感じだ。

 業界は季節が半分ずれている。
 春の品評会用のものや左前見頃だけの見本サンプルが多く張ってあった。

 私の場所は空席になっていて、個人にあてがわれた照明もそこだけついていない。
 その向こうに先輩が座っていて、筆と刷毛を手に染めの真っ最中だ。
 傍らには岸さんがいた。描きあがった部位をじっくりと見ている。

 私は上着とバッグを手に、お先に失礼しますと控えめな声で言ってドアを閉めた。

『このまえはプリンくれたけど。基本、なんとなく冷たいよね』
 まえに先輩が言っていた何気ないひとことが胸をよぎる。


 外気にあたり、風を感じて襟元を引きよせた。
 指の付け根がちりりと痛んだ。
 染料容器のキャップの開けすぎによるものだった。
 皮膚が硬くなり、水仕事からの乾燥でひび割れている。


 洗い場の手伝いを命じられて一ヶ月以上が過ぎた。
 入社してからこんなにも長い時間、描きの現場を離れたことはなかった。
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