さよなら、片想い
 冷えきった指先に息を吹きかける。
 岸さんからもらったハンドクリームを出して塗った。


「岸さん岸さん、これ、すごくよかったです」

「そう。あ、それ」

 ベンチから動かなかった岸さんが寄ってきて、右手でジェスチャーする。


「伸ばす向きが違う。横のほうがいい」

「横とは」

「この向き。皺に沿って、塗る」

 ちょっと失礼、と断ってから私の手を取ると、岸さんは指先に向かってではなく手の甲の皺の向きに、横にクリームを伸ばした。

「詳しいですね」

「小さいころ、アトピー性皮膚炎に悩まされて。母がよくこうしてくれた。皺に逆らわずに塗るんだって。身体に塗るときもそう」

 まじまじと岸さんの顔を見上げた。途端に岸さんが一歩離れた。手も放した。

「え、なに遠ざかってるんですか。まだクリーム残ってるんですけど。ほら、ほら」

「あとはできるだろ」

 ぷいっと横を向いてそんなことを言う。
< 48 / 170 >

この作品をシェア

pagetop