さよなら、片想い
「若い子と写ろうとするあたり、岸もちゃっかりしてるなあ」

 声の主は同じテーブルの意匠部部長だった。
 自分だってたった今、この付近にいる女性方と写ったでしょうが。
 私が撮ってあげたでしょうが。
 それとも、女性社員が寄ってたかって岸さんの出で立ちを褒めそやしていたのがおもしろくなかったとか?

「こういう輩に引っかからないように気をつけろよ」

 部長が私に向かって赤ら顔を近づけてきた。お酒臭い。
 岸さんは動じなかった。間に割って入ってくれた。

「名取さんが今日着てるの、部長の柄じゃないですか。俺は、まだまだです」

 そういえば着物を選んでいるときに販売部の人に言われた。これは数年前に大ヒットした柄だと。販売店舗にも当時作成されたポスターが貼ってあったし、パネルにもなっていた。

「そうだなあ、この柄は売れたなあ」
と部長は私を、正確には私の身につけている部長デザインの着物を眺めながら当時を懐かしむ目になっている。

「まあ、おまえも頑張れ」

 頑張ります、と岸さんは答えた。そして、ちらりとこちらに目線を寄越しながら、
「選んでもらえるように」
など言う。

 私は一瞬、身体が止まった。
 着物の話……だよね? 紛らわしい!
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