さよなら、片想い
 週が明け、私はようやく宏臣依頼の例の振袖を広げていた。

 振袖は他の着物と比べて袖が長いので、袖とそれ以外とに分けてしかかることにしている。一巻きだと台に掛けきれないし、両袖と身頃とに分けてふたりで同時進行で描いていたほうが仕上がりまでの日数がかからないからだ。

 描きに使う染料も、筆で攪拌しているうちにだんだん水分が蒸発する。濃度が上がったら色が濃くなる。
 描き初めと終わりとで濃度差が出てはいけない。そうならないよう、毎朝数滴の水を足したり、薄めすぎないよう染料の原液をカップに追加したりしていた。

 塗り終えた両袖を台から外しながら、代わりに身頃の生地を掛ける。
 そうしてから、今外したばかりの袖を巻き芯に巻いていく。

 図面を見たときにも感じたことだけど、綺麗な柄だと思う。
 吉祥の文様が散りばめられていて、ぼかしの入った白い花が愛らしい。
 このままでも十分美しいけれど、刺繍や箔が入るともっと華やかになりそうだ。

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