その青に溺れる
最低最悪の男とは言え、作曲家と名が付くからには立派で豪華なマンションに暮らしてるだろうと期待したが、着いたのはなんとも質素な4階建ての集合住宅。
別宅かと思いながら促されるように案内された一室に入ると、部屋の中は生活感で溢れていた。
狭い玄関先に置かれた赤いマウンテンバイク、短い通路の脇の小さなキッチン、その正面に浴室とトイレがあるのを男は面倒そうに記して行く。
10畳ほどのリビングに続く引き戸は外され、鴨居には数枚の洋服がハンガーにぶら下がり、入って直ぐ右側にクローゼット、左角にL字型の大きなデスクと椅子、正面の窓側に大きなベッドが置かれ、それを前に小さなテーブルと右側にソファーが備わり、そこに生活の導線が出来上がっているのが判る。
だがしかし、どこを探っても男の正体は判らず、賞状やトロフィーが所狭しと並ぶ棚を想像していたのが見事に粉砕された。
聞いてみようかと思ったが既に体力は限界を超え、リビングの縁で一通り眺めたあと一気に崩れるように座り込む。
暫くそうしたあとで何とか振り絞った体力を引きずってベッドへ行き、そのまま流れに任せて布団へ滑り込んで目を閉じた。
微かな男の声が耳へ届く。
「なぁ、飯出来たぞ、なぁ……」
そう言って近づいてくる気配を感じながらも眠い体では何も出来ず為すがまま、煙草の匂いの付いた体が覆い被さり、顎から唇が啄ばみ始め、上唇を軽く吸い、それは直ぐに滑り込んで口内を掻き回していく。
三度目のキスはただ早く終わって欲しいと願うだけだった。
『この男はキスが好きだなぁ……』と徐々に無くなる思考の中で思った。
唇や周りを何度も啄ばみ、濡れた先が更に求めてくるのを把握も出来なくなり、ついには意識を手放していく。