キス時々恋心
その時、彼の腕が不意に初音にむかってのばされた。
初音は少し驚いて、大きな瞳で遼の顔を見る。
「本当はデートで他の男の話をするのはルール違反だからね」
遼はそう言いながら初音の柔らかいロングヘアに自らの指を絡め、彼女の耳元に唇を寄せて「今度は俺だけを見て……」と囁いた。
彼の低くてうっとりするような声が耳の奥の中枢を刺激して、初音の頬は赤みを帯びる。
初音は改めてお辞儀をするだけにとどめ、何も言わないままタクシーに乗り込んだ。
タクシーは彼女一人を乗せて走り出す。
その光景を道路向こうから雪次郎はまっすぐ見つめていた。
好きな人が自分以外の男性と仲睦ましそうにデートを終えた姿を――…
できれば見たくなんてなかった。
とてもすぐには整理がつかない心に追い打ちをかけるように、北風の冷たい空気が雪次郎の全身を撫でていった。