キス時々恋心
あらかじめ仕事で遅くなると連絡を入れていたからか、彼がそのことについて気にした風は全く見せない。
初音はキャンバスに向き合う雪次郎に近づいて、画材を少し覗き込んでみた。
絵画にあまり詳しくない初音は、画材道具をまともに見るのも初めてだった。
「それ……もしかして、絵画展に出す絵を描くの?」
「…………」
初音の問いに雪次郎は何も答えない。
なんだか不機嫌で、いつもの彼とは全く違う人のよう。
『疲労も溜まって、時間も無くなっちゃって、絵画展に出す絵だって全然進んでないの』
遙の言葉が再び初音の脳裏を過ぎる。
全然進んでない――…話を大袈裟に盛っているわけじゃなかったんだ。
「ごめん……。私が大事なバイトを辞めさせてしまったから」
「そんなのどうだっていい」
「どうだっていいって顔してない。バイトの件で絵が思うように描けないのを怒ってるんでしょう?」
「怒ってない。怒ってないけど……」
雪次郎は眉間にしわを寄せて悲痛な表情を浮かべながら言う。