夫婦蜜夜〜エリート外科医の溺愛は揺るがない〜
プロローグ
新緑が眩しい五月の晴れた日。
艶やかな真紅の色打掛は重厚感があってズシリと重く、夢見心地だった私の意識を現実世界へと引き戻す。
鏡の中の自分を見てうわぁとマヌケな声がもれた。
やっぱり、これにしてよかった。
ひとつひとつ手縫いされた繊細な花模様や扇の刺繍が織り交ぜられた華やかな色打掛は、存在感が抜群でとても目を引く。
「よくお似合いですよ」と持ち上げられて気分をよくした私が、ひと目見て気に入り衝動的に選んだものだ。
準備にそこまで時間をかけられなかったので、せめて衣装くらいは気に入るものにしたいと思い、生地にもこだわった。
私、雪名桃子、二十七歳、かろうじてまだ独身。バッチリのメイクとヘアセットを施され、未だかつて見たことのない自分に遭遇している。
身長一五八センチ。細身で華奢だけどよく食べるので友人たちにはいつも驚かれる。
腰まであるストレートの黒髪をひとつに束ね、派手すぎないナチュラルメイクは社会人になってから自然と身についた。
パッチリ二重まぶたの目は幼さを感じさせるらしく、年齢より下に見られ同級生からは子ども扱いされてばかりで色気など皆無。ごく普通の平凡な人生を送ってきた。
そんな私が今日これから結婚するというのだから自分でも驚きだ。
「準備できたか?」
「はい」
旦那様になる予定の彼は、涼しげな目で私の姿を上から下まで確認し、最後にゆっくり頷いた。
向けられている視線はまっすぐで、思わず背筋がピンと伸びる。
清潔感あふれるサラサラの黒髪と、男らしくキリッとした色っぽい瞳。左目の下の泣きボクロは彼のトレードマークだ。
身長が一八〇センチと高く、鍛えているのか肩幅や体格がしっかりしているので袴姿がよく似合っている。凛々しい顔立ちはクールで冷たい印象を与えるけれど、端整な顔立ちで人の目を惹きつける。
きっとこれまでの人生は華やかなものだっただろう。
「そこそこだな」
式の日取りが決まってから、ほとんどひとりで進めた今日の晴れの日の舞台。褒め言葉などないと最初からわかっていた。
きっと彼は私の晴れ姿になど興味がないのだ。
でも、少しくらい褒めてくれたってよくないですか?
いや、褒め言葉を求めるのはまちがっているよね。
だってこの結婚に愛はないのだから──。
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