夫婦蜜夜〜エリート外科医の溺愛は揺るがない〜
意外な求愛
二カ月前、二月上旬。
まだまだ春の訪れは感じられないほど本格的な寒さが続いている。今日の朝のニュースでは今年一番の寒波がくると告げていた。
身を震わせながら駅のホームに立っていると木枯らしが吹いてますます縮こまる。
通勤ラッシュ時のホームは隙間がないほど人で埋め尽くされているというのに、寒い。寒すぎる。
到着した快速電車にすぐさま乗りこみ暖を取った。
いつもなら比較的ゆったりした普通電車に乗るけれど、今日は寝坊したせいで快速電車通勤だ。
腕時計を確認すると業務開始まで二十分を切っていた。電車であと十分、混雑した駅から歩いて五分、走って三分。
どう考えてもギリギリだ。
お願いだから、早く着いて。
寝不足のせいか頭が重い。それもこれも父が『明日の夜桃子に紹介したい人がいる』なんて言い出したせい。
都内の一等地に素材にこだわった高級料亭を営んでいる寡黙な父が私にそんな世話を焼くのは珍しく、父なりに私の未来を心配しているのだろう。私もいい年齢なのだから。
妙に浮かれている父を見ていたら嫌だなんて言えるわけもなく、今夜父の言う『紹介したい人』に会う予定になっている。
正直今は仕事が忙しくてそれどころではないというのが本音だけれど、仕方なく、だ。
「はぁ」
目の前の中年の白髪交じりの男性が苦しそうに息を吐いた。ヨレヨレのスーツを着て、いかにも疲れきった表情だ。額には脂汗が浮かんでおり、とてつもなく顔色が悪い。
かろうじて吊革につかまってはいるが、うなだれダランとし始めた。ヨタヨタと足元がおぼつかず、今にも倒れてしまいそう。
「あの、大丈夫ですか?」
「う……くっ」
声をかけても反応は乏しく、目を開けようともしない。