涙色パレット
純一に言われ、萌は「……そうなんですね」とうつむく。人と関わることを避けていたせいで、自分の世界しか見れていなかったのだ。

「少しでもいい。周りを見てみよう。そうすればその人が望む絵が描けるはずだよ」

純一は萌に優しく微笑む。その日から、萌は純一と少しずつ話すようになったのだ。



そして、時は今に戻る。萌は純一と話しながら片付けをしていた。話す内容は、もちろん美術の話だ。

「この前、長澤先生と美術館に行ってきたんだ」

純一はそう言い、スマホを見せる。最近できたばかりの新しい美術館だ。

「ちょうど、ボッティチェッリが絵をいくつも展示されていたんだ。僕の好きな画家だから嬉しかった」

ボッティチェッリとは、ルネサンス期のイタリアのフィレンツェ生まれの画家だ。ヴィーナスの誕生やプリマヴェーラなどの作品がある。

「ヴィーナスの誕生、素敵な作品ですよね」

「でも、実際にはあの絵はヴィーナスが誕生した瞬間を描いたものではないらしいんだ」

「そうなんですか?」
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