センチメンタル・ファンファーレ
▲初手 ブルー、ブルー、ブルー、ブルー
チーズベーコンを食べた後の竹串をぷらーんと指先でぶら下げて、姉のちなちゃんがおもむろに、
「『わたし、線香花火がいちばん好きぃ』って言う女って、なんでイラッとするんだろうね」
と、ごく個人的な見解を、さも国民の総意かのように口にする。
ちなちゃんの話はいつも唐突で、恐らく職場の飲み会で上司が、
『最近、チリ産のワインに凝っててね』
などとウンチクを語り出そうとすると、
『課長、ワインお詳しいんですか? でしたら赤玉ポートワインってご存知です? 祖母が好んで飲んでたんですけど、あれって今でもフツーに売ってましたっけ?』
なんて話の腰を折り、課員からひっそり感謝されたり、また眉をひそめられたりしているに違いない。
「ちなちゃんの言い方の問題じゃないの?」
メニューを見て、フローズン・ピーチ・ダイキリとフローズン・マンゴー・ダイキリなら、どちらが原価が高いか迷っていた私は、適当にうなずいた。
そもそも『わたし、線香花火がいちばん好きぃ』と言っていた人物に具体的な心当たりがない。
兄の望は興味ない、という空気で作った繭に引きこもり、日本酒メニューを熟読している。
「そういう女に限って、浴衣で花火大会に行きたがるのよ。Tシャツで線香花火してろ!」
「すみませーん! フローズン・ストロベリー・ダイキリと……ちなちゃんは?」
「ハイボール」
「お兄ちゃんは?」
「山海山」
「ハイボールひとつと山海山ひとつ。あとマルゲリータピザと焼おにぎりの鮭二つと梅一つ!」
店員さんが下がると、ちなちゃんは竹串をシーザーサラダのレタスに突き刺して口に運ぶ。
「望にご飯奢ってもらうのに、なんで居酒屋なんて選んだの?」
平日にも関わらず、人気店なので混んでいる店内は、テーブル席も座敷も埋まってカウンターにまで人がいる。
薄い座布団の上で座り直して、喧騒に負けないように少し大きな声で会話を続けた。
「だって、食べたいもの全部揃ってるんだもん。一度遠慮なく好きなもの頼んでみたかったの」
遠慮していない証拠に、一番最初に特上海鮮盛り合わせ(3480円、税別)を頼んだし、お酒も飲み放題メニューには載っていないものばかり頼んでいる。
シーザーサラダ、お刺身、生春巻、ローストビーフ……食べたいものを好き勝手に注文した結果、テーブルの上は統一性皆無の楽園と化している。
飲み干したサングリアの底に残っていたオレンジを食べていると、ちなちゃんの竹串が伸びてきて、リンゴをさらっていった。
「何? 『線香花火がいちばん好き』な女に何かされたの?」
「いや全然」
「なにそれ。ただのマリッジブルーじゃない?」
ちなちゃんは二年ほど付き合った吉岡譲さんと結婚が決まっている。
よくある話で、吉岡さんのアパートの更新が今年度末で切れるそうなのだ。
婚約指輪も式もなく、また入籍まであと半年以上もあるせいなのか、私としてもいまいち実感がない。
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