センチメンタル・ファンファーレ
「わー、すごーい、川奈くん!」
パチパチとお母さんが拍手した。
ちなちゃんも「よかったねー」と言ったようだけれど、口にくわえた醤油せんべいに遮られてはっきりとはわからない。
『103手を持ちまして、川奈六段の勝利。神宮寺リゾート杯将棋王大会優勝となります』
聞き手の女流棋士が言って、会場全体が拍手に包まれる。
「勝っちゃった……」
対局者ふたりはすぐさま大盤解説会場へと移動して行った。
誰もいない対局室を映した映像の隅に、『川奈六段 優勝』という赤文字が表示されている。
お兄ちゃんは喜ぶわけでも悔しがるわけでもなく、つまらなそうに画面を見続けていた。
「お兄ちゃん」
「なんだよ」
「私でいいのかな?」
お兄ちゃんは一層つまらなそうに、あくびをした。
「もう遅い。あいつはしつこいから、おまえ一生つきまとわれるな。可哀想に」
大盤解説会場は大きな拍手に包まれた。
対局者ふたりにマイクが渡され、インタビューが始まる。
『まずは、勝たれました川奈六段。優勝おめでとうございます!』
『ありがとうございます』
『率直に今のお気持ちをお聞かせください』
『嬉しいです』
こらえきれないように、にこにこと答えていた。
「面白みねーな」
「もっと言い方あるよねえ」
「変なこと言うよりいいじゃない」
川奈さんに対するバッシングの間に、インタビューは市川竜王に移って、冷静な声で応じていた。
『ずっと難しい将棋で、よくわからないまま指していました。中盤で形勢が良くなったところもあったと思うのですが、間違えてしまって残念です。最後までご観覧いただきまして、ありがとうございました。また頑張ります』
「あら~好青年! この人独身?」
「千波と同じこと言うなよ」
「いいよねえ。お金持ってるし」
不毛な会話の間に少しだけ感想戦が行われて、インタビューはまた川奈さんに戻ってきた。
『全棋士参加棋戦では初優勝ということですが、改めてお気持ちはいかがですか?』
『まだ実感はありませんが、これでコートのローンが返せるのでホッとしてます』
ジョークか本心かわからないコメントを笑顔で言ったあと、
『応援して支えてくださる皆さまのおかげで優勝することができました。ありがとうございました。また気を引き締めて、もっともっと頑張ります』
と真面目なコメントで締めた。
「あいつ、そんな高いコート着てんのか?」
「ゼロひとつ見間違えて買ったって言ってた」
「は? ゼロひとつ? そんな高いの、あのコート? 見えねー」
「ねえねえ、優勝賞金っていくら?」
「350万」
「えー! 私も新しいコート買ってもらいたーい! ねだっていいかな? 義弟だし」
会場の拍手は鳴り止まない。
その中心で、川奈さんは深く深く頭を下げた。
長い礼だった。
照明を受けてきらめくコバルトブルーがドアの向こうに消えるまで、拍手はずっと続いていた。