センチメンタル・ファンファーレ
△18手 トロイメライ・サンセット
中一日のお休みを挟んだ三日目のカレーは、しつこく炒めた玉ねぎのおかげなのか、ルーを入れただけですでにおいしかった。
「ねえ、ちなちゃん。もうトロトロなんだけど、ルー足した方がいいかな?」
「トロトロならいらないんじゃない?」
「でも虹湖さんがルーはメーカー変えていろいろ入れた方がいいって」
スパイスは種類が多い方が当然複雑な味になる。
メーカーや商品によってスパイスの種類も産地も違うから、組み合わせて入れた方がいいのだそうだ。
「じゃあ入れたらー?」
「でも煮詰まったらしょっぱいよね」
「じゃあやめたらー?」
「もうーーーーっ」
本来ならルーを入れたあと一日寝かせるのだけれど、そこは省略して、コトコト煮込む。
カレーはすぐに焦げ付くので、イヤホンで音楽を聞きながらかき混ぜ続けた。
「それ夜に食べるんでしょ? 火止めてほっといたら?」
「……え? 何?」
イヤホンを片方はずして聞き返したけれど、
「何でもなーい。好きにやりな」
と言われた。
もう一度イヤホンをつけ直して、レードルをゆっくり回す。
トロトロではあるけれど、ご飯にかけるには少しゆるい。
ちょうどよくなるまで煮詰めたらいいのか、ルーを足したらいいのか。
「ひとかけだけ入れよう」
三種類目のルーをひとかけだけ入れて、棚にしまおうとしたら、冷蔵庫の陰に妙な圧迫感があった。
「きゃああああああ!!」
「うわああああああ!!」
この家にあるはずのない男性特有の圧迫感は、川奈さんのものだった。
イヤホンをはずすと、「はあ~びっくりしたあ」と声が聞こえた。
「おいしそうな匂い。カレー?」
高いコートを着こんだ川奈さんは、まだ動けずにいる私のそばまでやってきて、レードルをぐるぐる回す。
「おいしそう~。味見してみてもいい?」
無言のまま渡した小皿に、川奈さんはあふれるギリギリまでよそった。
「あ! それトマト入ってるよ!」
「へ? そうなの? 全然わかんない。おいしいよ」
味見の範疇を越えた小皿は、止まる気配がない。
「なんで、ここにいるの?」
「お土産届けに来たら、千波さんに『どうぞ』って言われて。そうだ! はい、これ。チーズケーキ」
渡された紙袋には、小さく神宮寺リゾートの名前も書かれてあった。
お礼を言って冷蔵庫にしまう。