センチメンタル・ファンファーレ
「それ! それだよ! 最近職場でもイライラしたり落ち込んだりしてると、必ず言われるの『マリッジブルーか』って。これってセクハラ? 何ハラ?」
「更年期じゃねえ? ぶっ!」
ちなちゃんが投げたおしぼりは、お兄ちゃんの顔に命中した。
お兄ちゃんはメガネをはずして、水滴をシャツの端で拭く。
「もうこんな弟ヤダー。私の人生なんなのー」
「ちなちゃん、やっぱりただのマリッジブルーだって。結婚って四つのブルーがあるって言うよね。サムシング・フォー? サムシング・ブルーだっけ? 『マリッジブルー』と『マタニティブルー』と……あれ? あと二つなんだろ?」
「堪忍袋と●●(自粛!)袋じゃね?」
「四つもブルーあるの!? もうヤダ!」
「俺ももうヤダ!」
姉兄妹水入らずのテーブルに割り込んできた全っっ然知らないお兄さんは、残り少なくなったサラダボウルを押しやって、できたスペースに突っ伏す。
「あーもう最悪。最悪の最悪。最悪の最悪の最悪。俺なんか死ぬ価値もない」
「謙遜するな。死んでいい」
日本酒メニューを見終えたお兄ちゃんは、今度お寿司のメニューを見ながら言い放った。
絶句する私をよそに、ちなちゃんは空いた皿やグラスを床に下ろして、お兄さんのスペースを広げてやる。
「生きてよ。死なれたら寝覚め悪いから」
「あ、俺はビールひとつ。それと……牡蠣フライと、ホタテのバター醤油焼きと、鮭といくらの釜飯」
状況の飲み込めない私は、店員さんが運んできたフローズン・ストロベリー・ダイキリを呆然としたまま口に含んだ。
その隙にお兄さんは海鮮ばかりの自分の注文を済ませ、さらに元々座っていたカウンターから、飲みかけのビールと焼き鳥の盛り合わせ、だし巻き玉子を運んでくる。
「このサラダ、あと少しだから食べちゃって」
ちなちゃんは取り分け皿にシーザーサラダを移して、空いたボウルを床に降ろす。
「じゃあ、よかったらこっちもどうぞ」
お兄さんがだし巻き玉子のお皿をちなちゃんに差し出すと、横からお兄ちゃんが押し返した。
「いらねえ。お前なんで入ってくるんだよ。これだけ完璧に無視してんのに」
「だってなんか楽しそうだから。これ何の会?」
「妹に飯奢る約束したら、姉ちゃんまでついてきただけ」
「ああ、6組優勝して賞金入るもんね。おめでとーございまーす」
「1組昇級決めたヤツに言われたくねえ」