センチメンタル・ファンファーレ

「元彼に頭下げたら? そっちの方が信憑性あるし」

「あ、それ無理」

私はポケットからごそごそとスマホを取り出して、ある画像を突きつけた。
それを見た川奈さんが吹き出す。

「ぶっ、何? その頭」

「実は元彼と別れた理由がね、彼がお笑い芸人になるって、養成所に入ったからなの」

ごく普通の会社員だったはずの泰弘(やすひろ)は、この四月からお笑い芸人の養成所で頑張っているらしい。
その様子は日々SNSで確認できる。
そういう人が世の中にいることは知っていたけれど、目の前にして尚リアリティーに欠けるのはなぜだろう。

夢を追っている彼を、私も一応応援しているものの、人生を共にする気持ちにはなれなかった。
泰弘のことを一度も面白いと思ったことがなかったのだから。

彼も彼なりに模索しているらしく、心機一転芸人らしい風貌を目指した。

「弁髪にするんだって」

「弁髪!? って、あの中国の?」

「そう。あの弁髪。後頭部に長いおさげを結って、あとはツルツルに剃るという攻めのヘアスタイル」

泰弘の写真は、後頭部だけ丸く残して、あとは剃られていた。
ところどころ剃刀で切った傷がいろんな意味で痛々しい。

「あはははははは! 面白い! ものすごく面白い!」

「ありがとう。きっと彼も身体はった甲斐あって喜ぶよ」

「いや、そうじゃなくてね、」

川奈さんはハンカチで今度は目尻を拭う。

「元彼がお笑い芸人の卵で弁髪!! ぷぷぷ、弥哉ちゃんの人生、すっごくおもしろいよ」

「私!?」

ひとしきり笑って、川奈さんはコーヒーで一息つく。

「いや、でもさ。一度長髪に伸ばしてから剃ったらいいのに」

「みんなそう思ったよ。SNSでもたくさん指摘があってね、今はこれ」

別の写真を見せたら川奈さんがまた爆笑した。
改めて伸ばし始めた部分は無精髭のようで、且つ一部分だけモサモサ毛が長いから、とにかく汚ならしい。

「無理でしょ? これ友達に紹介したら余計に心配されちゃうでしょ? 別にイケメンじゃなくていいの。普通でいいの! 普通で!」

涙を流しながら川奈さんもこくこくと頷く。
「腹筋……痛い……」と苦しそうにする彼を冷めた目で見て、スマホをポケットにしまった。
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