センチメンタル・ファンファーレ
手っ取り早いので、一応白取さんのことはネットで検索しておいた。
二十三歳。
四段。
去年の十月、二十二歳でプロデビューしたばかりなので、竜王戦は6組、順位戦はC級2組に在籍。
通算成績は17勝11敗。
勝率0.607。
得意戦法は中飛車。
その整った顔立ちから、新“東のプリンス”を期待する声もあるとか。
「“プリンス”感、えげつない……」
「あはは!」
少し高めのスツールにも、白取さんは難なく座ってメニューを開いた。
「パエリアのコースでいいですか?」
「はい。助かります」
もともとお手頃なこの店でも、パエリアのコースはお得でボリュームがある。
アラカルトに比べると食材は安いものの、満足度は高い。
「タパス五種……サーモンのエスカベッシュとタコのマリネは入れたいんですけど、食べられます?」
「はい。好きです」
「じゃあ、あとは選んでください。俺はどれでも食べられるので」
白取さんのペースに流されるように、私は半ば焦りながらタパスを選び、ドリンクのページを開いた。
「飲み物は、俺はグラスワインの赤」
「私はクララにします」
ビールとレモンソーダのカクテルを注文すると、
「残念。そんなのじゃ酔わせられない」
なんて言い出したので、店員さんが戻って行くのを待って詰め寄った。
「今から演出しなくていいです」
「“彼氏”を忘れるなんてひどい女だな」
オレンジ色にぼうっとした店内で、白取さんは艶然と微笑む。
「結婚式は再来月ですよ? ちゃんとメッセージ送りましたよね?」
「あのね、弥哉ちゃん」
白取さんがテーブルに肘を付いて前のめりになったので、私は反射的に身体を引いた。
「隣に座ってるだけじゃ恋人に見えません。雰囲気って重要でしょ?」
「ほんの数時間なのに、そこまで気にします?」
「俺はともかく、弥哉ちゃんはもう少し意識改革が必要」
と、テーブルの上にある私の手を、指先でツツッと撫でた。
「ほら。これだもん。そこはドキドキしてもらわないと」
撫でられたところをポリポリ掻いている私を見て呆れ顔で言った。
「何でも本番より準備の方が重要でしょ? 将棋だって今は事前研究で差がついちゃう時代なんです。当日いきなり恋人っぽく振る舞ったって、絶対違和感出ますよ。俺だって演技のプロじゃないんですから」
「そうかもしれませんけど……」
アルバイト感覚で引き受けたくせに、やるからには真面目に取り組んでくれるらしい。
「本当は一回寝ちゃえば早いんですけどね」
「はあああああ!?」
隣の席の男女がビクッと反応したので、軽く頭を下げて声を落とす。
「公共の場での発言には気を使ってください!」
「今のは俺の発言じゃなくて、弥哉ちゃんの大声が問題だったんですよ」
飲み物が届いて、白取さんは余裕の笑みでワイングラスを持ち上げる。
「深瀬さんや川奈さんとは今後何十年もご縁が続きますから、地雷踏むようなことはやめておきます。はい乾杯」
そんなことに対して素直に感謝する気持ちにはなれず、しぶしぶグラスを合わせたあと、清涼感を求めてクララを飲んだ。
炭酸が喉でピリピリする。