センチメンタル・ファンファーレ
「ドキドキする恋がしたいっていうのも、居心地のいい場所が欲しいって思うのも、当たり前のことじゃない?」
「その願いそのものが矛盾してる。恋も結婚もそもそもストレスの塊だ」
「ストレスではないよ。楽しいもん」
「気持ちの問題じゃなくて、純粋に身体への負担って意味。恋愛初期のあのテンションの高さ。あんなの毎日維持してたら疲れるに決まってる」
「へえ~! お兄ちゃんもテンション高い恋愛経験あるんだ?」
モツ煮を器ごと掻き込んで、お兄ちゃんは返事をしない。
そんなお兄ちゃんを助けるようにポケットでスマホが震えた。
「ちなちゃん、すぐ近くにいるから来るって。デートはどうしたんだろ?」
「どうせワガママ言って振られたんだろ。来るなって言っとけ」
お兄ちゃんの言葉を無視して、『待ってるね』と返信した。
「ケチケチしないでよ。賞金もらったんでしょ?」
「お前たち、ボーナスもらったからって俺に奢ったことあるか?」
梅酒のグラスで口を塞いで「返事はできません」という態度を取ったら、
「あ、そう言えば、お前白取と会ったの?」
と聞かれた。
驚いた拍子に、チビチビ飲んでいたはずの梅酒がゴクリと喉を通過した。
「……なんで?」
「一昨日だったかな。連盟で会ったとき、お前の話になった」
何をどう言い繕ったらいいのか、言葉を濁していると、
「白取はやめておけ。ロクなことない」
と真剣なトーンで言われた。
「そんなんじゃ全然ないよ」
「川奈からも『弥哉ちゃんに変なムシつかないように見張った方がいいよ』って言われたから、てっきり白取のことだと思って」
「川奈さん?」
そもそも川奈さんが恋人代理を引き受けてくれなかったから、白取さんにお願いする羽目になったのに。
「川奈さんだって十分“変なムシ”でしょ?」
「そうだ。川奈は変なヤツだ」
お兄ちゃんは機嫌良くビールの追加を叫ぶ。