センチメンタル・ファンファーレ

「そういえば川奈さん、小さい頃、お兄ちゃんに『妹に話し掛けるな』って言われたんだって。覚えてる? 私全然覚えてない」

アンダーリムのメガネの奥で、お兄ちゃんの目が急に剣呑な熱を帯びた。

「あいつは昔からふざけたヤツだったんだよ」

その将棋大会は公式なものではなく、将棋スクールで腕試し的に開かれたものだったらしい。
お母さんがちなちゃんのバスケの大会に付き添っていたため、私はお父さんと一緒にお兄ちゃんの将棋スクールに連れて行かれたようだ。
川奈少年はその将棋スクールの生徒ではなく、連休で従兄弟の家に遊びに来ていて、その従兄弟にくっついてやって来た。

「小さな大会でもこっちは優勝目指して真剣なのに、『おれもやりたーい』って遊び半分で飛び入り参加したんだ」

その初戦で、川奈さんはお兄ちゃんと当たった。
当時から受けが強かった川奈さんは、お兄ちゃんの攻撃をひらりひらりとかわした。
川奈さんが楽しそうな分、お兄ちゃんの方はストレスが溜まる。

「逃げ回るばっかりで全然攻めてこないから、俺もムキになって攻撃していたんだけど、」

イライラと残り少ないジョッキをあおる。

「気づいたら、俺の玉は詰んでた」

川奈さんの玉は逃げて逃げて逃げて、どんどん囲いを飛び出していく。
危険地帯をフラフラ移動するので、お兄ちゃんは幾度も勝利を確信した。

ところが、川奈さんの玉は入玉(相手陣地に玉が入ること)しており、お兄ちゃんの玉を寄せる(詰める)駒のひとつとなっていたらしい。

「あんなふざけた話があるか! 玉の攻撃参加なんて、考える方がおかしい!」

サッカーで言うと、ゴールキーパーが最前線でゴールを決めるような、稀な寄せらしい。
つまりはお兄ちゃんの大惨敗。
苦~い邂逅の思い出。

「それで俺が悔しさを噛み締めてるとき、あいつはヘラヘラ『一緒に将棋やろ~よ~』なんてお前に言い寄ってたんだ。追い払って当然だろ」

「八つ当たりじゃない」

「否定はしないけど、人間心理としてごく真っ当な行動だ! 『黒玻璃』ひとつ!」

イライラゆえか、新しいビールが届いたばかりなのに、少しお高めの焼酎を勢いで注文している。
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