センチメンタル・ファンファーレ
「男の人に家まで来てもらうなんて物騒じゃないの?」
本人を目の前にして失礼だとは思ったものの、何事にも大雑把な姉を注意する。
「だって望の知り合いでしょ?」
お兄ちゃんと川奈さんをちなちゃんは交互に見やったけれど、お兄ちゃんは返事をしないし、川奈さんも行儀悪く肘をついてサラダを口に運んでいる。
「お兄ちゃんと川奈さんって友達?」
「違う」
すかさず否定した兄を、ちなちゃんはニヤニヤ笑った。
「あ、ライバルなんだ?」
「違う!」
トマトだけ残してサラダのお皿を置いた川奈さんに、
「川奈さんって棋士なんですか?」
と聞くと、うずら串を加えたままうんうんとうなずいた。
「深瀬さんのことは奨励会(プロ棋士養成機関)に入る前から知ってる」
「何歳?」
「二十五」
「あ、お兄ちゃんと同い年か」
「ううん。深瀬さんって早生まれでしょ? 学年では俺がひとつ下。弥哉ちゃんは二十四?」
「まだギリギリ二十三です」
お兄ちゃんは将棋の棋士だ。
狭い世界なので、年齢が近いとプロになる前の修行時代から、またはもっと幼少期から知り合いということも多い。
「川奈くんは何段?」
「六段」
「えー、すごい!」
ちなちゃんが手を叩きながら二十五歳で四段のお兄ちゃんをチラ見すると、むすっと山海山を飲んでいた。
お兄ちゃんは竜王戦のランキング戦(予選)で、先日6組優勝を果たした。
竜王戦は予選を1組~6組に分かれて戦うのだけど、ランクとしては1組が一番上で、6組は一番下になる。
各組の優勝者、上位者がこの後決勝トーナメントに進んで挑戦権を争って行くことになる。
昇級降級は一年に一度、このランキング戦で決まり、上位に入ると昇級、下位だと降級する。
お兄ちゃんは二十三歳でプロ棋士になって三期目で5組昇級を決めたけれど、川奈さんはすでに1組に昇級するらしい。
そして段位も上だ。
「別にすごくないです。普通にゆっくり勝数規定(勝数が規定に達すると昇段できる。公式戦100勝で五段昇段。五段昇段後公式戦120勝で六段昇段)で上がっただけだし」
その勝数規定でも上がれていないお兄ちゃんは、山海山をゴクリと大きく飲み込んだ。
「何歳でプロ入りしたの?」
「十七」
「やっぱりすごいじゃない! 望なんて……」
ちなちゃんは言いかけてやめたけれど、言っても言わなくても不穏な空気は変わらなかったようだ。
「ライバルじゃなかったねえ。望の圧敗か……」