センチメンタル・ファンファーレ
会場はホテルの最上階にあるレストランだった。
ビジネス街の真ん中で駅から徒歩十五分という立地から地味なところを想像していたのに、思いがけず豪華な外観だ。
窓のひとつひとつに灯っている明かりも、比喩ではなくキラキラしている。
「行こうか」
タクシー代を払って外に出ると、むわっとした熱気でまた汗が滲んだ。
冷えた肌を鞭打つような気温差に、身体がずっしりと重くなる。
すぐ前を歩く縁くんの革靴を、鉛のようなベージュの靴で追いかけるけれど、入口の自動ドアの手前でどうしても動かなくなった。
「どうしたの?」
振り返った縁くんは、質問してきたくせに特に不思議そうな様子はない。
私の答えなんて、この人は知っているのだ。
もう、ずっと。
「やっぱり、恋人の代理はやめてもいいかな?」
すぐそばをパーティー仕様に着飾った女の子が三人、縁くんを見つめながら通り過ぎて行った。
明依と速人の招待客かもしれないけれど、私は知らない人たちだった。
そのヒールの音が自動ドアの向こうに消えるのを待って、縁くんは口を開いた。
「どうして?」
「やっぱり、嘘つくのは良くないと思って」
「今さら」
呆れたような笑い声が聞こえた。
俯いていた視界によく手入れされた革靴が入ってきて、私は顔を上げる。
「なんでそう思った?」
きれいな二重の目が楽しそうに揺れていた。
「なんで急にそう思ったの? 心境の変化でもあった?」
「……気づいてるんでしょ?」
「弥哉が始めたことなんだから、ちゃんと説明しないのは良くないよ」
大きく息を吸って吐く。
大きく息を吸って、ため息のように吐き出す。
大きく息を吸って、言おうとしたけど、やっぱり息を吐いた。
「ほらほら、どうした?」
縁くんがキスするみたいに顔を近づける。
また距離は約15cm。
心拍数が上がる。
顔も赤くなる。
小さな頃から何度経験しても、“恋”はいつも曖昧で間違えやすい。
相手がお兄ちゃんでもちなちゃんでも、他人がこんな距離にいれば、なんらかの居心地の悪さは感じる。
嫌いな人なら鳥肌が立つし、嫌いじゃなければドキドキする。
生理現象のようなものだ。
本当に好きな人が側にいるときは、こんな生体反応とは全然違う。
自分がよく熟れたフルーツみたいになって、触れられたら弾けそうで、でも触れてほしくて、肌が全部たったひとりの体温だけを求める。
いっそドキドキなんて感じない。
そんな余裕はない。