センチメンタル・ファンファーレ



神宮寺リゾート杯将棋王大会は全棋士と、女流棋士一名、奨励会員一名、アマチュア一名のトーナメント方式で行われる。
予選の持ち時間は一人一時間。
一時から同時に二局行われ、その勝者同士が六時から対局。
二次予選からはその様子がインターネットで中継される。
……が、予選の場合、中継されるのは対局の様子と盤面だけで、解説はない。

「これ見て面白い?」

私の左肩に、背後からちなちゃんが顎を乗せたので、ハッと目を開ける。
……寝ていた。
スタンドに立て掛けたタブレットには、大きく将棋盤が写し出されているけれど、さっきから何が変わったのか、または変わっていないのか、全然わからない。

「面白くはない。わかんないから」

「だろうね」

満足そうにちなちゃんが私の肩を離れると、モゾモゾと座る姿勢を変える。

川奈さんは一局目に勝って、現在二局目を戦っている。
時刻は七時を回ったところで、川奈さんの残り時間はあと三十八分。
相手の残り時間は二十六分。
人間、困ったときは考える時間を使うもので、残り時間の差が形勢を表していることも多い。

「川奈くん、勝ってるの?」

「たぶん」

棋士はポーカーフェイスが基本で、感情を読まれない方がいいとされる。
例え形勢が悪くても、堂々と指していれば、相手が疑心暗鬼になってミスしてくれることもあるからだ。

それなのに川奈さんは、大悪手を放ったとき「うわーーーー!」と言って脇息ごと倒れたこともあるらしい。
「ひどいな」「あー、バカだー」などというボヤキは日常茶飯事で、感想戦(対局後に行う振り返り)でもよくしゃべる。

川奈さんの対局している姿を、今日初めて見た。
棋士の中には、思考のリズムを作るとき扇子をパチパチさせる人も多いけれど、川奈さんは扇子は使わない。
腕組みして宙を見上げ左右に身体を揺らしてリズムを取っている。

「こんな顔、するんだ」

川奈さんらしくもあり、まったく別人にも見える姿だった。
真剣な顔で手を読む川奈さんは、中継があることも、私が観ていることも知っているはずなのに、そんなことは欠片も頭にないようだった。
せっかく切った髪も、ぐるぐる触り過ぎて後ろの方が立っている。

その手を膝に戻しておもむろに盤に向き合うと、ゆったりと駒を進めた。
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