センチメンタル・ファンファーレ

「ご飯できたよ」

ちなちゃんがテーブルにお皿を運んで来たので、私もタブレットを移動させて場所をあけた。

「テレビ見ていい?」

「いいよ」

画面の中は、シェルターにでも入って対局してるんじゃないか、ってくらいに音がしない。
駒音と、座布団とスーツが擦れる音、ため息。
ちなちゃんがつけたクイズ番組は賑やかで、対局の些細な音など掻き消されてしまった。

『ではまず、赤チームへの出題です!』

ボンゴレビアンコをフォークに巻き付けると、白ワインとバジルの香りがくゆる。
いつもの乾燥ハーブではなく、生のバジルを使ったらしい。

「いい匂い」

そう口にして、同じことを今朝川奈さんに言われたことを思い出した。
どこかのタイミングで、川奈さんは私のチョコレートを食べたのだろうか。
そして、私のことを思い出したのだろうか。

「望のやつ、大丈夫かな?」

大きくひと巻きパスタを食べて、ちなちゃんはタブレットにチラッと視線を送る。

「将棋してれば幸せ~、っていうなら天職だろうけど、あいつは普通に結婚願望あるじゃない? 出会いないらしいよ、棋士って」

「人によるんじゃないの? モテる人はモテるし」

白取さんを知っているから、もう棋士が地味だとは言えなくなっていた。

「一般的に、よ。将棋部の子よりサッカー部の子の方がモテたでしょ?」

「まあね」

「棋士もさ、野球選手みたいに『竜王取ったら六億円!』『A級棋士は全員年収一億円以上!』とかだったらモテるようになるのかな?」

世の中お金持ちがモテるのは事実だ。
それはお金目当てというわけではなく、素敵なスーツを着て、いい家に住んで、「俺は成功者だ」っていう空気がその人を魅力的に見せるのかもしれない。

「身近にお兄ちゃんって人がいるから、想像できないな」

お兄ちゃんや川奈さんが六億円持っていたら格好よく見えるのか、想像力の乏しい私には描けない。

「だよねえ。望なんて初めて付き合った彼女、サッカー部の子に取られて、未だに根に持ってるもん」

「へえー、そうなんだ」

「高校生のときの話ね。あいつ、サッカー観ないでしょ? そうやってネチネチしてるから取られるんだよ」

『登別!!』

『ブブーッ! 登別……ではなくてもっと別のところ!』

クイズ番組では元サッカー日本代表の選手が、不正解で項垂れている。
そこにすかさずお笑い芸人が解答ボタンを押した。

『下呂温泉!』

『ピンポンピンポン! 正解!!』

「あ、そうだ。来月のキャンプにさ、川奈くんも来るって」

「ゲホッ!」

コンソメスープのブラックペッパーに、思い切りむせた。
『親子丼!』『ピンポンピンポン! 正解!!』という声が、頭の中でぐるぐる回る。

「なんで?」

真菜花(まなか)ちゃんが職場の友達連れて来るっていうし、沙里(さり)ちゃんの友達も三人来るっていうから、望も棋士の先輩に声掛けたらしいの。で、その先輩が川奈くんも誘ったんだって」

「従姉妹同士の集まりだったはずなのに、関係ない人増えてない?」

「昨日コンビニで会ったとき、たまたまその話になってね、『行きます』って」

カシャン、とちなちゃんはボウルにアサリの殻を放った。
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