センチメンタル・ファンファーレ
秋の山は枝の先の方が少し色づいた程度で、まだまだ緑色が幅を利かせている。
スマホには続々と到着報告が来ていて、私たちが最後だった。
「お疲れ様ー。運転疲れたでしょ?」
小多田七段はお兄ちゃんより七歳上の先輩で、面倒見がいいため上の世代からも下の世代からも幅広く慕われているという。
お兄ちゃんと川奈さんも奨励会入会時からずっとお世話になっていて、すでに十年近く一緒の研究会を続けている。
その話通り、初めて会うとは思えない気さくな人柄で、真菜花ちゃん一家ともすっかり打ち解けていた。
「コテージの二階がベッドスペースになってるんだけど、カメムシすごいから気をつけて」
私たちが到着するまでに、小多田さんたちは十数匹捕らえたそうだけど、天井の梁や蛍光灯の周りにまだまだうごめく影がある。
「あ! カメムシ!」
「待って! おれが取るー」
小多田さんのお子さんである壱瑠君(二年生)と仁乃君(五歳)が、ガムテープを持って狩りに走る。
触発されたのか、有理君もついて回っている。
「たくましーい」
カメムシと聞いて引きつったままのお兄ちゃんと川奈さんを置いてキッチンに入ると、こちらは小多田さんの奥様である佐知さんが牛耳っていた。
「昨日たまたま牛スジもらったから煮込んでおいたの。これに芋とか野菜入れて食べよ。バーベキューで野菜焼いても、焼けにくいし、焦げるくせに生焼けでおいしくないから」
「ありがとうございます。おいしそう! あ、これバケットと焼きそばです」
真菜花ちゃんの職場の後輩だという芳村虹湖さんが受け取って、
「わたし、ベーコンとチーズ挟みます!」
と、硬いパンに包丁を突き立てた。
「すっごいパリパリ! これ、いいパンじゃないですか?」
「いいかどうかわかりませんけど、近所のベーカリーで焼きたて買ってきました」
「炭火で焼いたら絶対おいしいですよ」
「バーベキュー……やりますか?」
どんよりした空は、思い出したようにパラパラ滴を落とす。
けれど、佐知さんは私の懸念を一笑に伏した。
「軒先でやれば大丈夫よ~。バーベキューしないと途端につまんなくなっちゃう」
女子高生たちは隣のテーブルできゃあきゃあ言いながらラップでおにぎりを作っている。
「アイルです」「セナです」「ナナカです」と挨拶してくれたけれど、心の中でAちゃん、Bちゃん、Cちゃんと呼ばせてもらう。
……どれがAちゃんだっけ?
「弥哉ちゃーん、小多田さん誘ってくれてありがとう! すっごく助かっちゃった!」
真菜花ちゃんが手を握る強さから、感謝の本気度が伝わってくる。
「誘ったの、お兄ちゃんだけどね」
「ここのコテージも紹介してくれたし、用意もみんなやってくれちゃって。言い出したの私なのに、何もしてないのよ」
恥ずかしそうにする真菜花ちゃんにも、佐知さんはなんてことない、とレードルを振る。
「うちで毎年利用してるところだから、慣れてるだけ」
小多田さんも手際よくバーベキューの準備を進めたようで、
「火おきたよー」
と声がかかった。
「はーい、じゃあこれ運んでー!!」
佐知さんの号令で子どもたちが食材を運んでいった。
野菜はすべてカット済み。
イカは内蔵の処理も終えて串に刺してある。
小多田さんのご実家はお肉屋さんだそうで、その買い出しもすべて取り仕切ってくれた。