センチメンタル・ファンファーレ
「ほんと、お兄ちゃんいなくていいから、小多田さんは必要」
「でしょ?」
すぐそばに川奈さんの笑顔があった。
草木でも炭でもカメムシでもない匂いがふわっとする。
「佐知さん、これもお願いします」
川奈さんがビニール袋を差し出した。
「どれどれ? シャインマスカット! 助かる~。これなら洗うだけでいいもんね」
佐知さんが嬉々としてボウルに水を入れ始めると、その水音に混じって、ひゅっ、と息を飲む音がした。
気づくと、川奈さんに抱きすくめられている。
川奈さんの腕の骨が、私の鎖骨を圧迫するほど強い力だった。
「弥哉ちゃん、」
耳に息と唇がかすめるように触れ、私は思わずギュッと目を閉じた。
「……カメムシ!」
川奈さんが指差す方を見ると、壁に一匹カメムシが止まっている。
すぐそばで、お兄ちゃんもカメムシを凝視して凍りついていた。
「取ればいいじゃないのよっ!」
いろいろな怒りを込めて、川奈さんの胸に肘鉄を喰らわせた。
「いたたた、無理だよー」
「じゃあ一晩共生すれば?」
「……殺虫剤持ってくる」
慌ててシューズボックスの上にあった殺虫剤を取りに行く。
私は敏感になっている肌をさすりながら、何をしたのか自覚のない背中を睨んだ。
とりあえず、カメムシ付近にあった荷物を移動させていると、川奈さんが戻ってきてへっぴり腰で殺虫剤を構えた。
「動くなよー」
カメムシにそう命令しながら、自身は目を背けて殺虫剤を噴射する。
「うわーー! 川奈! 俺にかけるな!」
「え! あれ?」
「ノズルの向き! ぎゃー! 違う!」
おとなしくしているカメムシに対して、男たちは勝手にてんてこ舞いを演じている。
私はテーブルの上にあったガムテープを拾って、20cmくらい切り取った。
そして、カメムシをペタッと貼り付け、密閉するようにテープを半分に折る。
「弥哉ちゃん、平気なの?」
川奈さんは、私の手にあるガムテープに、未だ恐怖の視線を送ってくる。
「平気じゃないよ。だけど、あんたたち見てたら、なんかバカらしくなってね」
「格好いーーーーーっ!!」
向けられた二人分の拍手に苛立ち、そのガムテープを投げつけてやった。
「ぎゃー!」
「それ、捨てといて」
「今度は深瀬さんやってよ!」
「川奈、そこの割り箸取れ!」
きっと白取さんならサラッと取ってくれるのだろう。