センチメンタル・ファンファーレ
お兄ちゃんと川奈さんが一匹の虫に弄ばれている間に、お肉はどんどん焼けていた。
「いい匂ーーーい!」
外に出ると、濡れた緑の香りと香ばしいお肉と炭の匂いが同時に肺を満たす。
雨はほとんど降っておらず、ウィンドブレーカーのフードを被れば、傘もささなくて良さそうだった。
小多田さんと真菜花ちゃんがワゴン車のバックドアを開けて屋根を作り、その下に並べたイスで、女子高生たちが女子会を開いている。
「お疲れ様です。お酒、足りてます?」
二つのバーベキューコンロでせっせとお肉を焼いている小多田さん、祐太郎さん、吉岡さんに、ビールの缶を渡した。
「どんどん焼けてるから、弥哉ちゃんも食べて」
三つに仕切られたアルミトレイに吉岡さんがお肉とタレを入れてくれた。
「じゃあいただきまーす。……あちっ!」
焼きたてのお肉は歯も火傷しそうなほど熱かったけれど、炭の香りと少し焦げてカリカリしたところがとてもおいしい。
「あー、おいしい! お酒にもおにぎりにも絶対合うー」
「冷蔵庫にチューハイもあるけど、どうする?」
小多田さんが取りに行こうとするので、慌ててそれを制した。
「先にご飯食べます。悪酔いしちゃうし」
「じゃあよかったらこれどうぞ」
カットしたバケットは、こんがりサクサクに焼けていて、トースターとは全然違う味わいだった。
「何食べてもおいしい……」
お肉やエビイカ、バケット、小多田さんは自身もしっかり食べつつバランス良く焼いていく。
その器用さ、人当たりの良さ。
棋士なんて特殊な仕事でなく、どこの会社にいても有能な人だろうと思う。
「なんで川奈さんも誘ったんですか?」
イカをひっくり返してから、小多田さんはビールをあおる。
「研究会のとき、深瀬くんとこのキャンプのこと話してたら、ものすごく羨ましがられて。あんまり哀れだったから、つい」
「哀れ……」
「深瀬くんは、素直に川奈くんを誘えないでしょ?」
棋士になれていなかったら、どこの会社にいても“無能”のレッテルを貼られそうなふたりの方を見やる。
カメムシは処理できたのか、騒ぐ声は聞こえなくなっていた。