センチメンタル・ファンファーレ
そうして、支離滅裂なメニューをトマト以外平らげた川奈さんは、無言でお兄ちゃんに一万円札を三枚差し出し、お兄ちゃんもあっさり受け取った。
戸惑う私とちなちゃんに、お兄ちゃんは、
「いいの、いいの。あいつがいる時はたいていあいつが払うことになってるから」
と言う。
仲間内でいち早く棋士になった川奈さんは、その頃からそうしてきたのだそうだ。
「弥哉ちゃーん、千波さーん。俺帰るけど、よかったら乗ってかなーい?」
結局タクシー代も川奈さんが払い、私たちはなんとなく居心地の悪さを感じてエレベーターに乗った。
しかし本人は、
「じゃ、おやすみなさーい」
とすでにあくびをしながら二階で降りて行く。
「さすがに、今度何かお礼しなくちゃね」
ちなちゃんも閉まるドアを見ながら言う。
完全に閉じる直前、「はあああ~」と肩を落とす背中が見えた。
「そうだね」
川奈結六段。
二十五歳。
将棋棋士。
十七歳で四段プロデビュー。
竜王戦は1組昇級。
順位戦はB級2組。
新人王戦優勝一回。
通算成績306勝163敗。
勝率0.652。
得意戦法は相掛かり。
今頃、すでにベッドで寝ているのだろうか。
それとも、ひとり落ち込み続けているのだろうか。
「それにしても、変な人」