センチメンタル・ファンファーレ

「あのふたりって、昔からああなんですか?」

「昔からああだよ」

「仲いいですもんね」

祐太郎さんは子どもを愛でる目でうなずく。

「仲いいですか? あれで?」

「あれを“仲良し”って言わずに何て言うの」

あっはっは! と大きな声で笑う小多田さんは、すでに少し酔ってるみたいだ。

「同世代って、ちょっと複雑なんだよね。小さい頃から何百局も勝ったり負けたり。長い時間を共に過ごして、悔しい思いも嬉しい気持ちも知ってて。でもいつでも『負けろ!』って思ってる」

「応援しないんですか?」

私同様、勝負の世界にいない吉岡さんにも、感覚的に理解できないようだった。

「基本的に、棋士は棋士を応援しないですね。俺もそうです」

「“ライバル”だからですか?」

「うーん、というより、お互い勝負師ですから、どんなに仲良くてもみんなどこかドライです。特に深瀬くんの場合、川奈くんにちょっと水をあけられてますから、追いつく方が先じゃないかな」

「望くんはすごいと思うけど、どんな世界でも上には上がいますからね」

それなりに将棋好きの吉岡さんでも、アマチュア初段も持っていない。
お兄ちゃんと指すときは、お兄ちゃんが四枚駒を落とす(減らす)。

周囲では敵なしだったお兄ちゃんの、対川奈さん公式戦成績は0勝2敗。
幼少期から何百局もの非公式戦や練習対局で、きっと何百敗もしているのだろう。

「お兄ちゃん、川奈さんと初めて対局したときにボロ負けしたこと、まだ根に持ってました」

「あははは! 聞いたことある! あれでしょ? 玉で寄せられたっていう」

「『川奈は頭がおかしい』って」

笑いながら小多田さんはリズミカルにエビをひっくり返していく。

「深瀬くんは相当遊ばれたからね。でも、深瀬くんが強くなったのは川奈くんがいたからだよ。それは間違いない」

「川奈さんって強いんですか?」

尋ねると、小多田さんは顔を歪めた。

「難しいこと聞くね」

「すみません……」

小多田さんはエビをお皿に取って、あたらしくお肉を並べる。
トングで器用にお肉を広げながら、ずっと言葉を探しているようだった。

「…………期待に見合う成果は出せていない、かな」

お肉の脂が落ちて、炭がジュウッと煙を上げる。

「川奈くんはよく『ひどい』『ボロ負けだ』っていうけど、それは関係ないんだ。相手の攻撃を受けることが多いから、ひとつでも読み抜けがあったらそのまま潰される。だから大差で負けても、それは棋力が足りないせいじゃない。スタイルの問題」

すっかり手が止まっていた私のお皿に、エビとお肉を乗せてくれた。
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