センチメンタル・ファンファーレ
「……“謎の汁”、すごくおいしい」
前日から煮込んでいたという牛スジはトロトロで、そのエキスが染み込んだ野菜やお芋すべてが格上げされた味わいになっていた。
味付けはあっさりとしたしょうゆ味。
だけど、コクが桁違い。
「これねえ、うどん入れてもおいしいの。それでも食べきれなければ、カレールー入れる」
「わあ、全部食べたい。カレーうどんもいいですね」
「明日の朝そうしようか。ルーもうどんも持ってきたし」
小多田家の用意の良さにめまいがする。
もういっそ、これを仕事にしたらいいのに。
「カレーいいですね! わたしも牛スジカレーは作ったりしますけど、和風出汁はやったことないので食べたいです」
虹湖さんは、もはや何の部位かわからない肉山の中から、脂身の少ないものを選んで口に入れた。
「牛スジカレーって面倒臭くないですか?」
「わたし、カレーはいつも三日かけて作るので」
見回したけれど、ちなちゃんの姿はなかった。
外のバーベキューにいるようだ。
「三日って、何してるんですか? ずっと火をつけっぱなし?」
「まさかあ! 鍋に火を入れてる時間はそんなに長くないです。冷まして、味を馴染ませる時間がほとんど。だから、平日の仕事終わりでもできます」
私はスマホのメモ帳を開いた。
「初日は、基本ですけど玉ねぎを飴色になるまで炒めます。最低でも三十~四十分」
「はあ~、やっぱり……」
「あと、何のお肉でもいいから、お肉には最初に焼き色をつけます。塊で焼いて、その後切るのがおすすめですね。牛スジの場合は下茹で処理が必要ですけど」
「牛スジ、下茹で、と」
「それで炒めた玉ねぎとお肉を煮ます。煮るときはとにかく弱火! 弱火でコトコト三十分くらいかな? それでお芋以外の野菜を入れて、火が通ったら初日は終わりです」
『弱火』を赤文字にして強調しておく。
二日目はお芋を足して煮て、ルーを溶かすところまで。
三日目はとにかく弱火で煮込んで馴染ませるらしい。