センチメンタル・ファンファーレ
「スパイスをゴリゴリ擦るのかと思ってました」
「それもやってみたんですけど、」
「やってみたんだ!」
「あははは! やってみました。でも、家庭向きじゃないですよね。市販のルーを数種類入れるだけで十分ですよ」
「虹湖さんって女子力高そうですね」
ウェーブのかかった髪をふわんふわん揺らして、首を横に振る。
「そんないいものじゃないです。手の込んだことしてる間は、嫌なこと考えなくていいですから」
この話を聞いたら、ちなちゃんもイラッとしなくなると思う。
三日のカレーは生易しくない。
「ナカノくんは『受験があるから』って断ったのに、ミズノさんは『受験が終わったら付き合える』って思ってるみたいで」
「えー!」
「それ、ナカノくんかわいそうじゃない?」
女子高生の恋の話が漏れ聞こえて、私は虹湖さんと顔を見合わせた。
「私、大人になったら自動的に素敵な恋ができると思ってました」
話したくても話題に困る。
メッセージひとつ送信するのも緊張する。
大人になれば、すべて上手にこなせるようになって、拗らせることなんてないと思っていた。
実際は、気持ちに蓋をしたり、気のない素振りがうまくなっただけで、あの頃の素直ささえ失っている。
虹湖さんも熱々の里芋をふーふー冷ましながらうなずいた。
「女性も仕事で輝かなきゃいけない。恋でも輝かなきゃいけない。国からは少子化だってプレッシャーかけられる。負担ばっかり増えてる気がする」
仕事だって何だって、それなりに一生懸命頑張ってる。
それで精一杯なのに、“輝く”ことまで求められるのは辛い。
他人に認められなくても、自慢できるような人生でなくても、豊かに生きることはできるはずなのに。
「弥哉ー! 焼きそば作ってー!」
焼きそばも作れずに、お兄ちゃんはどうやって生活してるんだ?
棋士の世界はシビアだけど、明快なところはいいのかもしれない。