センチメンタル・ファンファーレ



私が焼きそばを作っている隣では、酔っ払った男どもによる熾烈な戦いが繰り広げられていた。
彼らはどこにでも盤と駒を持ち歩くので、ダンボール箱の上に置いた盤を五人で囲んでいる。

「次、チーム戦にしましょうか」

川奈さんの提案で二組に分かれ、一手ずつ交代で指すチーム戦が始まった。

「じゃあ、川奈対俺と小多田さん。祐太郎さんと吉岡さんはそれぞれ分かれて入ってもらおう」

「俺、絶対足引っ張ります……」

一番棋力の低い祐太郎さんは赤い顔のまま恐縮しているけど、

「大丈夫、大丈夫。みんな酔ってるから。小多田さんなんて、盤見えてないですよ、きっと」

と川奈さんは自信たっぷりだ。
小多田さんは笑顔でうんうんうなずいているものの、話を聞いているのかさえ怪しい。

小多田さんが焼きそば用に持ってきたのはイベリコ豚のひき肉で、脂が溢れ出てくる。
そのおかげもあって、焼きそば用のアルミトレイは焦げつくことなく、快適に作っていられる。

「え! 祐太郎さんって、振り飛車党!?」

ジュージューうるさい中でも、川奈さんの声はよく聞こえる。

「党員を名乗る資格もありませんけど、昔からこんな感じでやってました」

「俺、飛車振ったのって、奨励会以来かも。うわー、向かい飛車わっかんねー……とりあえず、金上がっとこ」

困ったような事をいいながら、川奈さんは笑顔だ。

「はい、できたよ。焼きそば」

多少のスジはあるもののイベリコ豚はうま味が深かった。
男性たちも将棋を指しつつ、ビールを飲みつつ、器用に焼きそばやバケットを食べる。

私はちなちゃんとイスに座って、満腹の胃の隙間にシャインマスカットを入れていた。
ダイエットにはまた失敗したけれど、後悔を満足感が上回る。

「『解放感が~』とか『自然の中で食べるから~』なんて理由じゃなくて、明らかに味がおいしいよね」

焼きそば用のトレイを抱えて、ちなちゃんはイベリコ豚の最後の一粒まで食べきった。

「やっぱり炭の風味かな」

「だったら普段から料理には炭の粉ぶっかければいいじゃない。何が違うんだろ?」

「何だろうね」

食事を終えても大人たちのお酒は終わらず、誰が持ち込んだのかわからない日本酒を紙コップで酌み交わしていた。

女子高生と子どもたちは、マシュマロやフルーツを炭火で焼いて、チョコレートフォンデュを楽しんでいる。

女の子が集まれば恋の話ばかりかと思いきや、「この前の古文のテスト、最後の問題書けた?」などと言っていて、懐かしい古文単語がバーベキューの網の上を行き交う。
その真面目な会話を、不真面目な大人たちの声が邪魔をする。

「ヤダー。三人で黙々と穴熊組むなんてやらしー。祐太郎さん、熊さん引きずり出しますよ!」

「ど、どうしたら?」

「とりあえず、端歩(はしふ)(一番端にある歩)突いておいてもらえれば助かります」

「おい川奈、教えるのはナシだぞ」

「深瀬さん、心狭ーい」

成人男子の方がよっぽどはしゃいでいた。

雨は止んで、厚い雲の切れ間から、チラチラ星も見える。

「露天風呂あるんだよね? ちなちゃんも行かない?」

コテージを管理しているのは温泉施設で、コテージの利用客なら何度でも無料で利用できることになっていた。

「私酔っちゃって無理ー。明日の朝入る」

「じゃあ私行って来ようかな」

< 64 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop