センチメンタル・ファンファーレ

休憩中は初手から改めて解説が行われている。
そのタブレットのすぐ隣、飾り気のない白木テーブルの上を華やかに彩っているのは、うつくしい花とうつくしいチョコレートだ。

『はい、これ』

今朝、いつものように川奈さんに差し入れを届けたら、白地に銀文字で店名の入った袋をくれた。
小ぶりながらしっかりした紙袋で、中身まで高価であることが伺えた。

『何? これ』

『えっと……いつも差し入れくれるお礼』

袋を覗くと、ふわっと甘い匂いがする。

『私が勝手にしてることなのに……。でも、ありがとう』

笑顔の私から、川奈さんはすぐさま袋を取り上げた。

『いや、ごめん。今のダメだ。やり直し』

勝手に葛藤し、混乱する私をよそに一度深呼吸をする。

『弥哉ちゃんにクリスマスプレゼントあげたくて、かなり悩んで選んだ。だから、もらって』

言い直された言葉は、紙袋を数倍の重さに変えた。

『……ありがとう』

あの人は、いつも言いたいことばかり言う人だ。
きっと、こっちの気もわかっているだろうに、身勝手なことばかりする人だ。

「これは、ダメだよ……」

上品な黒い箱は二段になっていた。
上段には、十二ヶ月をイメージして作られたオーガニックチョコレートが十二粒。
貝殻を模したような八月のチョコレート、雪の結晶が型押しされた十二月のチョコレート。
中継を見ながら摘まもうと安易に開けたことを後悔するほどうつくしい。

下段はボックスブーケになっていて、白いラナンキュラスとスモーキーピンクのバラ、淡いグリーンのクリスマスローズがシックなグラデーションを作っている。
ところどころ真っ赤な西洋ヒイラギが艶やかで、ため息しか出ない。

これを見て何も感じないほど鈍感じゃないし、きれいなものやかわいいものには人並みにときめく。
このタイミングで、普段見せない真面目な顔して、こんなのくれるバカヤローには、人並み以上にときめく。

そのバカヤローは、昼食をさっさと胃におさめて盤の前に戻っていた。

棋王戦挑戦者決定戦の持ち時間は一人四時間。
このまま夕食休憩もなく、終局まで戦い続ける。
食事中もずっと臨戦態勢だったのだろう。

男性はスーツを着ていると三割増しに格好いい。
棋士は対局していると五割増しに格好いい。
チョコレートとブーケなんてくれたら、十割増しに格好いい。
私の目に映る川奈さんは、すでに本体が見えないくらい輝きが割り増しされていた。
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