センチメンタル・ファンファーレ

冷たいけれど消えそうにもない、確かに実体のある手を、今度は私から強く握った。

「『川奈は見た目はともかく、将棋は格好いい』って、いろんな人が言ってるよ」

「前半いらなくない?」

「『受けが強い』『あれはセンスだ』って、白取さんも小多田さんも言ってた」

「別に好んでやってるわけじゃないんだけどね。結局は攻めないと勝てないし」

川奈さんは対局のときみたいに宙を見る。

「王様はなかなか攻めるの大変だから、攻めやすいところから攻めてるだけ。自分の攻め駒を必死に守る人はいないでしょ?」

「そうだね」

「俺だって攻める方がいいよ。華麗に攻めて勝ちたい。でも勝つためには受けておいた方がいいって思う局面が多くて、仕方なく受けてるだけなんだよ。受けてるときって、基本的に局面が苦しいときだから、楽しくはない」

好きなことと、得意なことや必要なことは違う。
好きなことを仕事にしている川奈さんでもそうらしい。

「苦しんで苦しんで、醜態晒しながらようやくひとつ勝つ。もっと棋力があれば、違う勝ち方ができるのかもしれないけど」

棋風は性格と同じ。
好きだろうが好きじゃなかろうが、そうそうかんたんに変えられるものではない。

「私が神様だったら、クリスマスプレゼントに、棋力をあげられたのにな」

川奈さんはきょとんとした顔で私を見た。

「棋力なんていらないから、格好いい見た目ください」

「は? 見た目?」

「ズルして勝っても嬉しくないもん。そんなことよりイケメンになりたい」

見た目で過去に悲しいことでもあったのか、切なそうに肩を落とす。

「……努力が報われなくても?」

「努力なんてみんなしてるからね。ほとんどは報われないものでしょ」

「そんなのヤダ」

子ども染みた駄々をこねる私に、ずいぶん明るくなった表情で言う。

「いいんだよ、それで。努力が全部報われるなら、それはただの作業じゃない。作業をこなして、応募者全員に配られるタイトルに価値なんてないよ」

川奈さんは立ち上がり、ふたたび私の手を引く。

「何度自分に失望して、何度将棋に絶望したかわからないのに、それでも俺は、俺を諦め切れない」

道端に涙を捨てて、朝が来る前には将棋盤の前に戻る。
そうして、何百もの辛い夜を越えてきた人なのだ。

棚原名人のようにうつくしくなくても、たくさんの人が認める川奈将棋は、苦しいときほど真価を発揮する。
愚痴も弱音も現実逃避も、辛い明日を生きるためのものならば、それは武器だ。
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