センチメンタル・ファンファーレ
「棋力より見た目が欲しーい! 和服を着こなす自分に見惚れたーい!」
サンタクロースはいないのに、そんな恥ずかしい欲望を空に向かって叫んだ。
「いい子にしてれば、来年はイケメンになってるかもね」
「“いい子”って?」
「早寝早起き。好き嫌いせず何でも食べる。お勉強も運動もしっかりして、お手伝いをたくさんして、お母さんの言うことをよく聞く」
「無理そう……」
いつか私も和服を着た川奈さんに見惚れたい。
それでいつか、紋付きを着た川奈さんに見惚れたい。
就位式(タイトルの授与式)で着る紋付きは、誰が着ても絶対に格好いい。
「和服もいいけど、そのコートかわいいね。コーデュロイ生地なんだ」
「ああ、これね。この前フラッと入った店で見かけて買った。あったかいし、着心地もいいのに安くって、即決で『これください』って言ったらね、」
看板の灯りの中に、川奈さんの渋面が浮かび上がる。
「ゼロひとつ見間違えてた」
「ゼロひとつ!?」
「普段ご縁のない桁数だったから、パッと見で間違えたんだね。思ってた値段の十倍請求された。びっくりしたけど、やめるって言えなくてカードで払った」
川奈さんにしては素敵なコートだと思っていた。
カジュアルなくせにしっかりした作りはイタリア製らしい。
「棋王戦に出ればまた対局料入るし、タイトル獲れればコートのお金くらい取り返せるって思ったんだよね」
「『獲らぬタイトルの賞金算用』?」
「仕方ない。競馬でも行くか……」
「次勝ちなよ!」
「いやマジな話、神宮寺杯獲ろ。じゃないと破産する」
冷たいままの川奈さんの指と、冷えてしまった私の指。
触れ合っているところにほんのり体温が戻っていて、そのぬくもりを抱き締めるように、指と指を深く繋いだ。
「ごめん。今日、もらった饅頭食べれなかった」
「いいよ、そんなの別に」
「あれ食べてたら勝てたかなあ」
「食べてたら、勝てたね。きっと」
「やっぱり俺バカー」
「川奈さんバカー」
「弥哉ちゃんバカー」
「私関係ない!」
川奈さんはラーメン屋を二軒ほど素通りした。
知っていて、私も指摘しなかった。
歩く振動で、指と指が少し擦れる。それが嬉しかったから。