センチメンタル・ファンファーレ
▲15手 シュガーレス・エール
磨き抜かれたショウウィンドウの向こうでは、ブラックスーツを粋に着崩した店員さんが、カウンターで事務作業をしている。
入っていいものかどうか迷って、一度その辺を一周し、ふたたび戻ってきてまだ迷っている。
「邪魔」
ウィンドウにうっすら映る私の姿に、背の高い影が威圧的に迫った。
「すみません!」
慌てて場所を空けて見上げると、整った顔が愉快そうに笑っていた。
「明けましておめでとう、弥哉ちゃん」
「おめでとうございます」
「久しぶりだね」
「いや、先週駅で……」
「そういえばすれ違ったね。ずいぶん素っ気ない態度取られた」
「だって、女の人が一緒だったから」
「気にしなくていいのに」
白取さんは気にしないだろうけど、彼の半身に密着していた女性からは剣呑な目つきで見られたのだ。
世間話なんてする雰囲気ではなく、会釈だけして逃げた。
「こんなところに張り付いてるより、中でじっくり見ればいいじゃない」
「なんか入りにくくて」
「誰のための買い物?」
男性用のフォーマルを扱うお店なので、白取さんの質問は当然のものだ。
「………………」
「ふぅん。すぐ答えないってことは、川奈さんか」
私の答えも聞かずに決めつけて、白取さんは店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
店員さんは事務作業の手を止め、少し離れたところで控えめに見守っている。
床を踏むことさえ躊躇う私をよそに、白取さんは堂々と店内を物色し始めた。
「で、何買うの?」
「何買ったらいいのかなー、って」
「何のためのプレゼント?」
「……何のためかな?」
イケメンの遠慮のない呆れ顔は、それなりに突き刺さる。
私は背中を丸めて、ボソボソと説明した。
「クリスマスプレゼントをもらって、そのお返し、とか」
「……もう遅くない? バレンタインの方がまだいいよ」
正月を過ぎたばかりのカレンダーが、私たちの脳内を行き来する。
「もしかしたら……お祝いしないといけないし」
「ああ、それはそうだね」
川奈さんは神宮寺リゾート杯を勝ち進み、昨日とうとう決勝進出を決めた。
この前川奈さんは『次勝っても意味ない』と言っていたけれど、その棚原名人を下しての決勝進出だった。
神宮寺リゾート杯は一般棋戦なので、前年度優勝者の防衛戦はなく、決勝で勝てばそのまま優勝となる。
タイトル戦ではないから格は落ちるけれど、全棋士参加棋戦なので、優勝はかなりの実績だ。