センチメンタル・ファンファーレ
暖房の効いた店内との温度差で、全身の筋肉がシュンッと縮んだ。
下ばかり見て歩いていたら、駅前ベーカリーから漏れる灯りが、暗く沈んだアスファルトをあたためているように映る。
何気なく目をやると、お気に入りのアールグレイベーグルに誘われてしまった。
お砂糖を入れないまま飲んだカフェラテはミルクのまろやかさがより感じられて、少しとげとげしていた心をほっと緩めてくれる。
白取さんの言っていたことはどれも正論で、それは私の心の中にあったものとピッタリ一致する。
ただ川奈さんに喜んでほしいだけなのに、その方法がわからない。
私にできることは、本当に何ひとつないのだと、実感せざるを得なかった。
的確な意見を言ってくる人は苦手だ。
「わかってるよ」と反論したところで「わかってるならやれば?」と返ってくるに決まってる。
「それ何? ブルーベリー?」
目の前に座った白取さんは、勢いよくクラブハウスサンドにかぶりついた。
「あれ? なんで?」
ブラックコーヒーでクラブハウスサンドを流し込んで、
「ここに入るの見えたから」
と言うと、また大きくひと口頬張った。
「見えたからって、ついて来る? 普通」
「ダメだった?」
「あんまり良くはないかな」
「川奈さんなら今日は指導の日だから、見られる心配ないよ」
嫌なのはそれだけが理由ではないけれど、心配事がひとつ解消されて、ベーグルも喉を通りやすくなった。
「それ何味? プレーンじゃないよね」
「アールグレイ」
「ああ」
聞き流すようなあっさりした反応だった。
興味があるのかないのか、いつもよくわからない人だ。
受ける印象はバラバラだけど、勝手なことばかり言うのは白取さんもお兄ちゃんも川奈さんも同じ。
棋士ってみんな身勝手なの? と一瞬思って、小多田さんを思い出して訂正した。
人それぞれです。
「川奈さんってクリスマスに何くれたの?」
「なんで?」
「お返しなら、それによって金額とか方向性とか変わってくるでしょ」
どうやら相談に乗ってくれるつもりらしい。
躊躇ったけれど、経験豊富なこの人なら、何かいいアイディアを持っているかもしれないと思い直した。
「お花とチョコレートのセット」
「へえ。川奈さん、中盤の難所をうまく攻めたな。気持ちがあるのかないのか判断に迷う」
気持ちは……ある、と思う。
多分。
でも考えれば考えるほど自信がなくなっていく。