センチメンタル・ファンファーレ
「弥哉ー、これ何の匂い?」
大きなあくびでもにゃもにゃしていたけれど、ちなちゃんはだいたいそんなようなことを言った。
「玉ねぎ炒めてる。あと牛スジ煮てた。カレーにするの」
「今夜の夕食?」
「ううん。三日かけて作ってみようかなって」
月曜日が成人の日なので今日から三連休。
でも対局の中継があるから外出もできない三連休。
ひたすら炒めたり煮込んだりするにはちょうどいい。
「三日って、無理でしょ。明日法事で伯父ちゃんの家に行くのに」
「えっ! 今週だっけ!?」
「そうだよ。今日の夜に実家帰るから、夕方までには用意しないと」
「えええええええ!! どうしよう!」
冷やかな調理台に突っ伏して叫んだら、ステンレスがビリリッと鳴った。
「カレーなら、とりあえず冷蔵庫に入れておけば大丈夫だよ」
「そうじゃなくて! 神宮寺杯!」
木ベラをカランと鍋に放り投げ、スマホを探す。
「伯父ちゃんの家って、さすがにネットは繋がってるよね?」
「ネットくらいはできるんじゃない?」
「Wi-Fiはどうかな?」
「他人の家の回線まで知らないよ」
「どうしよう? お兄ちゃんならなんとかできるかな?」
ディスプレイにお兄ちゃんの番号を表示させたとき、ちなちゃんがソファーに座ってリモコンを操作しながら言った。
「望ならなんとかできるかもしれないけど、ちゃんと理由話せるの?」
タップしかけた手が止まる。
「『川奈さんの対局見たいからネット環境整えて』って言える?」
今さら否定なんてできない。
お兄ちゃんが何て言おうと関係ない。
だけど、お兄ちゃんに話す前に、ちゃんと話さなきゃいけない人が他にいる。
「アーモンドプードルってあったっけ?」
「今度は何?」
「ない! きび砂糖は……ないな。あ、ホットケーキミックスは?」
「ひと袋残ってると思うよ」
大事なときなのに、ワガママで無神経で迷惑な話だけど、伝えたいことは一秒で言える。
牛スジの灰汁を取りながら、玉ねぎを炒めながら、時計を確認しながら、私はホットケーキミックスをかき混ぜた。