センチメンタル・ファンファーレ

「弥哉ー、これ何の匂い?」

大きなあくびでもにゃもにゃしていたけれど、ちなちゃんはだいたいそんなようなことを言った。

「玉ねぎ炒めてる。あと牛スジ煮てた。カレーにするの」

「今夜の夕食?」

「ううん。三日かけて作ってみようかなって」

月曜日が成人の日なので今日から三連休。
でも対局の中継があるから外出もできない三連休。
ひたすら炒めたり煮込んだりするにはちょうどいい。

「三日って、無理でしょ。明日法事で伯父ちゃんの家に行くのに」

「えっ! 今週だっけ!?」

「そうだよ。今日の夜に実家帰るから、夕方までには用意しないと」

「えええええええ!! どうしよう!」

冷やかな調理台に突っ伏して叫んだら、ステンレスがビリリッと鳴った。

「カレーなら、とりあえず冷蔵庫に入れておけば大丈夫だよ」

「そうじゃなくて! 神宮寺杯!」

木ベラをカランと鍋に放り投げ、スマホを探す。

「伯父ちゃんの家って、さすがにネットは繋がってるよね?」

「ネットくらいはできるんじゃない?」

「Wi-Fiはどうかな?」

「他人の家の回線まで知らないよ」

「どうしよう? お兄ちゃんならなんとかできるかな?」

ディスプレイにお兄ちゃんの番号を表示させたとき、ちなちゃんがソファーに座ってリモコンを操作しながら言った。

「望ならなんとかできるかもしれないけど、ちゃんと理由話せるの?」

タップしかけた手が止まる。

「『川奈さんの対局見たいからネット環境整えて』って言える?」

今さら否定なんてできない。
お兄ちゃんが何て言おうと関係ない。
だけど、お兄ちゃんに話す前に、ちゃんと話さなきゃいけない人が他にいる。

「アーモンドプードルってあったっけ?」

「今度は何?」

「ない! きび砂糖は……ないな。あ、ホットケーキミックスは?」

「ひと袋残ってると思うよ」

大事なときなのに、ワガママで無神経で迷惑な話だけど、伝えたいことは一秒で言える。

牛スジの灰汁を取りながら、玉ねぎを炒めながら、時計を確認しながら、私はホットケーキミックスをかき混ぜた。


< 88 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop